資本主義を支持すると誓った60人

9月30日のロイター報道によれば、資本主義を支持する誓約に署名したのは、現職連邦議員10人を含む、国政・州・地方の民主党候補60人だった。接戦を争う候補らは、社会主義や共産主義という攻撃が、勝敗を決める有権者に及ぼす影響を懸念している。

この誓約は、民主党候補が攻撃を警戒していることを示す。ただし、実際にどれだけ票が動いたかは別である。

左派は、暮らしを変えてほしいという不満を支持に変えようとする。トランプ氏は、その変化で守ってきたものが失われるという不安を支持に変えようとする。これは今回の攻防を捉える一つの見方だ。どの言葉で有権者が自分の状況を理解するかが、政策への評価にも関わってくる。

プラトンは第8巻で、青年が無秩序を自由、浪費を気前のよさ、恥知らずを勇気と呼び、欲望を正当化していく場面を描く。現代政治との共通点として私が注目するのは、呼び名が判断に先回りすることだ。共産主義という非難も、公正という称賛も、具体策を検討する代わりにはならない。

同じ国で守りたい未来が違っている

ここまでの選挙戦を、『国家』第8巻のもう一つの記述から見直したい。富裕者が支配する国について、ソクラテスは、同じ場所に富者の国と貧者の国が存在し、互いに敵対していると指摘する。

ソクラテスの彫像
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その直前には、船長を航海の腕ではなく財産で選んだらどうなるか、という問いが置かれている。財産を持つことが、皆を安全に運ぶ能力の証明になるのか。自分たちも乗る船なのに、行き先を決める側は自分たちの暮らしを理解しているのか。現代の政治への不信にも通じる問いである。

住宅の数字に戻ろう。家の値上がりを安心と感じる人と、自分の将来が遠ざかると感じる人は、同じ米国の中にいる。若者がすべて貧しく、高齢者がすべて豊かなわけではない。重要なのは、今の仕組みを守ることが、自分の未来を守ることになるかどうかだ。

私の見立てでは、社会主義への期待が広がる背景には、現在の繁栄と将来の機会を共有できていないという亀裂がある。経済が成長しているかだけでは足りない。その成長の中に、自分が生活を築ける場所があるかが問われている。プラトンの「二つの国」は、同じ経済指標を見ても、守るべき繁栄と感じる人と、変えるべき仕組みと感じる人がいることを考えさせる。