少子化、引きこもり、孤独死などの問題は、なぜ続くのか。『法律家が見た日本社会の病理 「空気」を打ち破る個と論理の構築へ』を出した法学者の瀬木比呂志さんは「それらの問題の根底には、『個人の尊厳』を十分に尊重しない社会の風土がある」という――。
横断歩道と日本の人々
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小説や映画が告発した戦後社会の暗部

日本の芸術や思想が「人間の尊厳」という観念を最も強く意識したのは、おそらく、戦後の数十年間だった。敗戦とそれによる皇国思想の根こそぎの挫折が、初めて、日本人をこの観念に直面させたのだ。

戦後の太宰治だざい おさむは、自己破壊の衝動によりつつ、逆説的に、人間の尊厳が踏みにじられる日本社会の暗部を告発し続けた。

小津安二郎おづ やすじろうは、『東京物語』で、平凡な老人がそのままの姿で実質上の「神」になる瞬間を描き(義理の娘との最後の会話)、黒澤明くろさわ あきらは、『生きる』で、小公園の建設にみずからの人間性と尊厳の復活を懸けた一人の老官吏が、すべての現世的なものから解き放たれ、自己の生に完全に自足してその最後の瞬間を「生きる」に至る過程を細密に描写した。

通奏低音として描かれる「人間の尊厳」

成瀬巳喜男なるせ みきおは、『浮雲』で、戦時中に南方で知り合った男女の屈折した恋愛の背景に「市民、庶民の戦争責任」というテーマを控えめな通奏低音として提示することによって、普通なら腐れ縁として終わるほかない彼らの道行みちゆきに、崇高なまでの悲劇的性格を与えた(中古智ちゅうこ さとし、蓮實重彦はすみ しげひこ『成瀬巳喜男の設計 美術監督は回想する』〔筑摩書房〕には、「原作者林芙美子はやし ふみこにも、成瀬にも、戦時中に南方で侵略者としていい思いをした人々は、その責任を償わなければならない、との思いはあっただろう」旨の中古の指摘がある)。

※文中のはすみさんのお名前の漢字「蓮」は、正しくは“二点しんにょう”、「彦」は上部が“文”です。ブラウザ上で正しく表示されない可能性があるために「蓮實重彦」と表示しています。

「戦後」理解から最も遠かった長老溝口健二みぞぐち けんじも、『西鶴さいかく一代女』では、バウンダリーをもたないまま性の世界をさまよい、堕おちてゆく女性の悲哀を徹底的に突き詰め、日本的無常観と諦念を普遍的な高みにまで押し上げて造形することに成功した。