2025年に最後の当主が選んだ絶家

大坂の陣の敗北によって盛親の直系男子は処刑され、長宗我部本家は完全に断絶した。だからこそ、その血を引くと称する者たちが各地に現れ、あるいは実際に血脈をひそかに繋いだ者もいた。かつて四国に覇を唱えた大名の末路が、講談の主人公の出自として消費される。これもまた、長宗我部家という物語の、もう一つの結末なのかもしれない。

もっとも、講談の題材になった庶流とは別に、長宗我部の血を正式に受け継いだ家系も、実は途絶えていなかった。元親の弟・島親益の系統は、身分こそ下士ながら土佐藩士として存続し続け、明治になってから改めて「長宗我部」の姓を名乗るようになった。

その最後の当主にあたるのが、長宗我部友親氏である。友親氏には実子がなかったが、養子を迎えて家を存続させるという選択肢を、自著『絶家を思う』(新講社、2017年)の中で自ら退けている。そして2025年、友親氏の死去とともに、この長宗我部宗家は正式に幕を下ろした。

四国統一目前まで駆け上がり、久武親直の讒言に振り回され、浦戸一揆で改易され、庶流は講談の主人公にまで身をやつした長宗我部家。その家名を継いだ血脈は、江戸から明治、令和の時代まで生き延びた末に、当主自身の意志によって、ようやく幕を閉じたのである。

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