皇室にも及んだ「葬式は、要らない」

昭和天皇の死によって、当時の日本社会は、その活動を停止してしまったかのようだった。

それが、昭和天皇の後を継いで天皇に即位した上皇にとって、いかに大変なものだったかは想像できる。実際に上皇は、退位の意思を間接的に表明した2016年8月のビデオメッセージで、殯や喪儀に関連する長期間の行事のあり方に懸念を示していた。

なにしろ、それだけでも大変な大喪の礼が終わっても、それに関連する行事が1年間続いたからだ。そのことについて上皇は、「その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません」と述べていた。

2016年8月、上皇さまのビデオメッセージを映す大型モニターを見る人たち=東京・新宿
写真提供=共同通信社
2016年8月、上皇さまのビデオメッセージを映す大型モニターを見る人たち=東京・新宿

この経験が、今回の終活に結びつき、上皇としては人生最後の試みとして、なんとしても葬儀の簡略化を目指したのである。

逆に言えば、国民の間に起こってきた葬儀の簡略化の流れに、皇室もようやく追いついたと言えるかもしれない。

残された者に「迷惑をかけたくない」

ここで重要なことは、上皇の試みが、自分のためのものではなく、皇室の未来の世代のためのものだという点である。

それも、一般国民の思いと共通する。高齢者が終活を進めるときのキャッチフレーズは、「家族にだけは迷惑をかけたくない」である。

葬儀はどうしても家族に負担がかかり、亡くなる側にすれば「迷惑をかけている」と感じてしまう。葬儀の対象となった本人は、すでに亡くなっているわけで、自ら葬儀を営むことはもちろんできない。

上皇の場合には、さらに「国民にだけは迷惑をかけたくない」という思いが加えられている。自粛騒ぎなどが起これば、結婚式も延期しなければならないし、祝い事を皆中止しなければならないからである。そのときの「空気感」は、自粛を経験した人にしかわからないかもしれない。

上皇がまだ天皇に在位していたとき、土葬を火葬に変え、葬られる陵墓の敷地面積を縮小するなどの方針が決定された。土葬にするからこそ、一般の庶民には想像もできない「殯」の儀式が営まれた面もある。古代には、天皇が亡くなってから古墳をつくったため、殯が1年以上続くことさえあった。

しかも、上皇の陵墓を縮小するといっても、まだかなり大きいことは否めない。