1.5度を「75年も早く」超えた
――気候変動による「恒久的な欠乏経済」は、もう後戻りできない段階まで来たのでしょうか。
そうです。もちろん、未来が悪くなるというストーリーは気候変動だけではない。AIも良くないし、格差も行き過ぎるところまで行っている。
でも、その中で最も象徴的なのが気候変動です。気温は一度上がったら、基本的にはもう元の水準には戻らない。その意味で、本当に不可逆的なんですよね。
2020年に『人新世の資本論』を書いたときは、2030年までまだ10年ほどあるから、この間に本気で取り組めば、なんとかなると考えていました。
資本主義では無駄なものをたくさんつくってしまう。だから脱成長型の社会に切り替え、エッセンシャルなものに重点を置けば、2030年までにある程度の変化を起こせるかもしれない、と。
ところが、そこから2026年まで、私たちは必要な変化を起こす代わりに、戦争や分断、ポピュリズムを拡大させてきた。
その結果、2024年には世界の年間平均気温が、産業革命前と比べて1.5度を超えました。パリ協定では、今世紀末までの気温上昇を1.5度に抑えようとしていた。それを単年とはいえ、75年も早くこの水準を超えてしまった。
では、それを受けて世界が本気で取り組んでいるかといえば、全然そうなっていない。このままでは1.5度を恒常的に超え、年間ベースでは2030年代半ばにも2度を超える可能性がある。
そうなると、3度や3.5度の上昇が実際に起きてもおかしくないところまで来ている。
これは気候崩壊です。安定した四季があり、秋になれば台風が来るといった基本的な気候のモデルそのものが崩れてしまう。
6月なのにヨーロッパで45度になる。台風の時期が変わったり、大型化したり、逆に雨が全く降らなくなったりする。その中で、食料危機や水不足、海面上昇による移民の増加が、今後50年ほどの間にかなり進行してしまう。
世の中は右肩上がりで、少しずつ問題に対処すれば良くなっていくというリベラリズムのストーリーは、完全に力を失う。混沌とした時代に入ることは避けられない。
まず、そのことを議論の前提にしなければいけません。
「全員を救う」ことを捨てたテック富豪
――著書では、テック企業がAIやプラットフォームを使って影響力を拡大することが、ファシズムにつながると指摘しています。
気候変動によって社会が崩壊し、パイが減っていくとなれば、人は自分を優先するようになる。自国優先、自国民優先という考え方は、すでに出てきています。私はこれを「気候ファシズム」と呼んでいます。
社会が不安定化し、地政学的な緊張や混乱が深まる中で、エリート層は何を考えているのか。
私の見方では、彼らは2024年ごろに、パリ協定を守り、弱い人たちを含めてみんなを救おうというやり方を捨てた。
2022年ごろまでは、グレタ・トゥーンベリさんを国連に呼ぶなど、みんなで一緒に取り組もうという雰囲気が一瞬ありました。しかし、そうした姿勢を密かに捨て、自国優先型に切り替えている。
中でも顕著なのがテック億万長者たちです。
例えばイーロン・マスクも、かつては電気自動車をつくり、環境にも良く、ビジネスとしても優れ、人々の生活を改善するという、比較的リベラルなモデルで物事を考えていたところがあったと思います。
しかし、トランプ政権への支持やSNS上での発言を見ても、ギアを変えてきている。
彼らは、このままでは現在の地球環境や社会の繁栄を普通に維持できないと考えている。なんなら、技術的に考えれば、全員の生活を維持しなくてもいいんじゃないか、と。
火星に行く技術も、本当に火星に行くというより、気候崩壊後の世界で、グリーンランドのような場所で生き延びる技術に転用できる。ピーター・ティールが人工島を構想しているのも同じです。
彼らは技術を使って、いかに自分たちの権力や富を守るかを考えている。その際、民主主義や人権、国家の規制はイノベーションの邪魔になる。だから解体すべきだ、という考え方に傾倒している。
これが「暗黒啓蒙」です。民主主義を否定し、テック君主がCEOのように社会を統治すべきだという、露骨な選民思想です。
そこで目指されている社会は、民主主義、人権、SDGsといったものの真逆です。むき出しのエリート優先、自分たち優先の社会です。
奇妙なのは、そうした思想が、未来に不安を感じ、見捨てられているラストベルトの労働者からも一定の支持を得ていることです。
両者は、「世の中を大胆に変えなければならない」「今は危機に陥っている」という認識では一致している。
しかし、ノアの箱舟に全員が乗れるわけではない。労働者たちは、結局は救ってもらえません。
これは選民的な技術を使った権威主義的な管理社会です。私はそれを「テクノファシズム」と呼んでいます。
