転職を封じた日本の独自ルール
競争的労働市場のもとでは一般に、生産性の向上に伴って賃金が上昇していく。ここでいう競争的労働市場とは、労働者がより高い賃金を払ってくれる雇用者を求めて勤務先を移る自由があるという意味だ。そのような状況では、より大きな交渉力をもてる。
じつのところ、日本で1890年代に雇用者側が終身雇用制を導入したのは、労働者が高い賃金を求めてひんぱんに職場を変えるからだった。
そのため、雇用者たちは競合他社からの労働者を採用しないことで合意した。そのときに、「会社は家族」という考え方は昔からある日本の文化的伝統に根ざすものだという神話がつくり出された。ひと握りの経営者が市場を支配し労働移動が少ない産業では賃金が低いということを、経済学者はずっと前から知っている。
要するに、賃金と生産性のギャップは、テクノロジーの問題でも文化の問題でもなく、力関係によるものだ。
転職市場の拡大は日本を変えるか
明るいニュースは、才能あふれる若い世代の日本の労働者たちが勤務先を変えながらみずからの状況を改善しようとしていることだ。
1982年には、一つの会社に10年勤続した25歳から29歳の労働者のうち70パーセントが、その後の10年間も同じ会社に勤めていた。ところが、彼らより15年あとで労働市場に参入した人たちのあいだでは、同じ会社にとどまる人の割合は52パーセントに下がっている。同様の傾向は30歳から34歳の年齢層のあいだでも見られ、それほど顕著ではないものの、より高い年齢層でも見られる。
コインの両面のように、中途採用を行なう企業の割合は1994年にはわずか35パーセントだったが、2019年には70パーセントと2倍になった。こうした企業のなかには、従業員1000人以上で伝統的に終身雇用が定着していた企業も含まれている。
企業が転職を受け入れざるをえなくなった理由の一つは、労働力不足により、経験を積んだ労働者が流出していることだ。同じように重要な理由は、デジタルテクノロジーの発展により、社内のスタッフが自社に必要なスキルを持ち合わせていないケースが増えたことだった。
何より明るい材料は、能力が高いミッドキャリアの人材を引き寄せようと、企業が次第に賃金プレミアムを提示しなくてはならなくなっている状況だ。2009年には、転職した男性のうち給料が10パーセント以上アップした人はわずか15パーセントだった。その割合は、2017年時点(入手できた最新のデータ)で27パーセントと、2倍近くに達している。
悲しいことに、このように給料が上がるケースは、最も能力の高い25パーセントの労働者にほぼ限られている。先に図表1と図表2で見たとおり、大部分の労働者にとって、実質賃金はここ30年のあいだ停滞したままだ。


