ある時、それを安倍さんに言ったら、激怒して「そんなことは君が総理になってからやればいい」と言われました。やはり、安倍さんは、絶対に異論を許さない、というところがありましたね。日米同盟は絶対だ、親中国はけしからん、みたいなことをやはり総理が言えば、それが自民党全体に広がっていく。安倍さんはそういう人でした。懐の深い人だったとは私は思っていません。
異論を唱える者は許さない、逆らう者は許さないという強烈な個性、高市さんもそういうところがあるんでしょうか。その結果、自民党全体が、とにかく「アメリカにくっついて」さえいればいいんだ、それが保守なんだと言う考え方に傾いてしまったのだと思います。
そして石破は総理大臣になった
アメリカにモノが言えない保守、何を守るかがはっきりしない保守。石破がそう批判する「新しい保守」が自民党を覆う中で、皮肉にもその石破自身が、第102代内閣総理大臣に就任した。
旧安倍派を中心とする派閥の裏金問題で自民党が厳しい批判を浴び、岸田文雄首相が政権を投げ出すという未曽有の危機のなかでの就任だった。石破が著書で書いたように、自民党結党以来の危機が、石破に天命を下したのだ。
「保守本流」を取り戻し、自民党を立て直す。その役割を期待された石破だったが、首相になって待っていた現実は、想像以上に厳しかった。むしろ党内では、石破が批判してきた「保守」との亀裂がさらに深まっていく。
次回は、総理・総裁として苦闘した1年間を石破自身がどう振り返り、いま高市政権と自民党に何を思うのかに迫る。(後編に続く)


