小泉政権にはまだ「リベラル」がいた

田中以来のリベラルな「保守本流」に対抗してきたのが、岸信介の流れをくむ福田派、のちの清和会を中心とする勢力だった。田中派はハト派、福田派はタカ派とも称された。その二大勢力が、振り子のように左右に揺れながらバランスをとってきたことが、自民党の強みでもあった。

石破が初入閣したのは、清和会出身の小泉純一郎内閣だった。振り子が大きく右に振れたようにも見える小泉政権だが、当時の自民党にはどんな空気があったのか。

小泉さんで印象深いのは、イラク戦争後に初めて自衛隊を派遣する時のことです。防衛庁長官だった私に、福田康夫官房長官が「総理訓示の原稿を見てくれ」というので、読んでみると「望んでイラクに赴く諸官は」と書いてあった。

その時に私は「これはダメです。自衛官はたとえ志願したとしても、望んで行くのではない。命令されたから行くのです。『国家の命により』としてください」と言いました。すると福田さんは、「じゃあ一緒に総理に言いに行こう」と言うので、小泉総理にそう言うと、即座に「よし分かった。その通りにする」と。

小泉さんには、そういう懐の深いところがあったし、福田さんはリベラルな人でした。小泉政権はリベラルな福田さんが支えていたから保っていたんだと思いますよ。

安倍政権から自民党は変質した

それがいまでは、「保守」といえば右翼的な考え方や、対米従属的な主張を指すようになった。自民党はいったいどこで変質したのだろうか。

安倍政権の後半あたりからでしょうね。一つは拉致問題。これは安倍さんの金看板の一つでしたが、日本人の心の琴線に触れる問題でもあります。ほんとうにお一人でも帰国できるようにしようと思えば、北朝鮮と話し合いをするしかないはずが、不信感を前面に出して敵を外に作ることによって国内の結束を固める手法だが、これが強くなりすぎた。日米関係についても、戦後レジームの脱却を目指されていたはずなのに、根底にある日米安保条約の非対称性はむしろ固定化されていっているのではないかと感じていました。それがどうしても心情的に合わなかったんです。

かつてアメリカの国務長官を務めたジョン・フォスター・ダレスは「合衆国にとっての利益は日本に合衆国を防衛させることではない、日本のどこにでもいつまでも合衆国軍隊を駐留させる権利こそが利益だ」と言っていました。

自民党の石破茂前首相。インタビューでは安倍氏の考え方との違いにも及んだ
撮影=三東サイ
インタビューでは安倍氏の考え方との違いにも及んだ

だから私は、日本が本当の意味で独立するには、憲法を改正して集団的自衛権の行使を国連憲章と同じ態様で認めることが必要だと思っています。そうすれば日米同盟は対称的な「守り合う」関係になるし、基地使用の問題で従属的にアメリカの戦争に巻き込まれることもなくなる。これはアメリカからの独立でもあるんです。