2026年7月28日、熊本県で最大震度7を記録する地震が発生した。最高気温40℃を超える「酷暑」のなかで避難生活を余儀なくされた被災地では、熱中症搬送が相次ぎ、命を落とす人も出ている。地震被害調査の専門家として、被災翌日に現地入りした地盤・防災コンサルタントの横山芳春さんがリポートする――。

経験したことのない「真夏の被災地」

近年、わが国を襲った大規模地震の多くは「寒さ」との戦いを強いる時期に発生してきた。

1995年1月17日の阪神・淡路大震災、2011年3月11日の東日本大震災、そして2024年1月1日の能登半島地震――。いずれも真冬、あるいはまだ凍てつく寒さが残る早春に発生し、被災者の命を脅かしたのは暖房の途絶や低温症、感染症のリスクであった。

10年前、平成28年(2016年)に発生した熊本地震も4月中旬であり、徐々に暑くなっていく最中とはいえ、発災後の時期は真夏に比べればしのぎやすい時期であったと言える。

私たちは近年で「酷暑の真夏の被災地」という過酷な現実をほとんど経験してこなかった。豪雨による避難は長期化することは少なく、影響する範囲も広くないことが多かった。防災訓練も、備蓄資材の選定も、避難所の開設マニュアルも、その多くは春秋や冬場を想定したものがベースになっているのが実情だ。

地震の被害想定で被害が大きくなるのは、冬の北風で火災による被害が懸念される冬場である。

「危険な予兆」は1年前にあった

しかし、もしも最高気温が35℃を超えるような「真夏の猛暑」の真っただ中に巨大地震が発生したら、避難所は、被災された方はどうなるのか。じつは昨年、その予兆ともなるべき地震があった。それは、今から1年前の7月30日、カムチャツカ半島沖の地震だ。当初は津波注意報であったが、地震の規模が上方修正されたことで津波警報に切り替えられた。

真夏の避難ということで、多くの方が高台などへの避難を余儀なくされた。幸いにも津波による人的被害はなかったが、避難中に熱中症で11人が搬送されたということがあった。これがもし、日本に人的被害や家屋被害をもたらす巨大地震であったらどうなっていたか。その懸念が現実化してしまったのが、10年ぶりに熊本県で最大震度7を記録した「令和8年熊本地震」であった。

著者の横山は、地震被害調査の専門家として、発災直後の地震被災地調査を続けている。その一環として、今回も7月29日から30日にかけて、被災地となった熊本の現場へ足を踏み入れた。そこでまず体感したのは、他でもない、暑さそのものであった。