優等生タイプの若手ほど能力を封印
評価を厳しくしようと躍起になるほど、評価者は数字に出ない態度や周囲への配慮、すなわち「裏の承認」の尺度を、強引に評価項目へとねじ込み始める。すると、社員は実質的な成果を出すことよりも、評価者に嫌われないための「模範的な社員像」を演じることに神経をすり減らすようになる。
とくに周囲の期待に応えようとする優等生タイプの若手ほど、この「評価の網」に絡め取られ、失敗を恐れて保守化し、自らの潜在能力を封印してしまう。分担が曖昧な職場での厳格な評価は、挑戦を促すどころか、組織を「減点されないことだけを願う内向き集団」へと変質させるリスクを孕んでいるのだ。
真面目な中高年社員の「後ろめたさ」
それとは異なる形で「裏の承認」を求める意識が業務に悪影響を及ぼすこともある。年功制が中高年を過度に優遇しているという批判の中で、「働かないオジサン」といういささか差別的な言葉が流行した。若いうちは貢献度以下の給料でがまんし、中高年になってからその差分を回収するという、「ラジアのモデル」(後払い賃金)(E.P.Lazear,“Why Is There Mandatory Retirement?,”Journal of Political Economy,87(1), 1979)は、たしかに中高年にとって経済的には有利な制度に見える。しかし、現場の中高年社員たちの内面は、必ずしも心穏やかではない。むしろ、彼らは深刻な「承認の危機」に直面している。
真面目な日本の中高年社員にとって、自分の貢献度が給料に見合っていないという事実は、耐え難い「後ろめたさ」となる。
周囲の若手から「あの人は高い給料をもらっているのに、何もしていない」と冷笑されることは、彼らにとって「裏の承認」を失うことを意味する。なかには、気持ちよく働かせてほしいからと、自ら待遇の切り下げを社長に直訴する人さえいるほどである。彼らにとっても、多すぎる金銭より「適切な承認」のほうが重要なのだ。

