「無風」の一手は計算だったか

こういうとき、寄生を生業とする者が一番やってはいけないのは、早まって間違った相手に賭けることだ。強いほうにつく、という判断基準が使えない以上、下手に動けば取り返しがつかない。

ならば、答えが出るまでとことん待てばいい。半年でも一年でも、情勢がはっきりするまでは、誰の懐にも入らず、誰の敵にもならず、じっと息を潜めていよう――藤孝の頭の中では、おそらくそういう算段が働いていたはずだ。

そのためには、剃髪して隠居するという、味方でも敵でもない「無風」の一手が、最も理にかなった選択だった。

つまりこれは、「盟友・光秀を裏切った」という話では、そもそもない。裏切るも何も、藤孝は最初から光秀と同じ土俵に立っていなかったのだ。光秀が挑んでいたのは「誰につくか」という選択だったが、藤孝がやっていたのは「まだ選ばない」という、まったく別のゲームだった。ポジショニングそのものが違っていたのである。

これは非情さでも、先見の明でもない。ただ頭を丸めて立ち尽くすことしかできなかった。

生き残るのは重要だろうが、酷い。戦国随一のダサさの帝王……それが、本能寺の変における藤孝の実像である。

縮こまっていたから、天下の混乱は最小で済んだ

それでも、藤孝は細川一族ではマトモなほうである。応仁の乱で東軍総大将を務めた細川勝元を筆頭に、その後も細川政元の後継者争いに端を発した永正の錯乱、細川高国と細川晴元による両細川の乱と、細川一族が権力の主役として能動的に動くたび、畿内は延々と泥沼の抗争に巻き込まれてきた。細川家が本気を出すと、世の中が混乱する。

逆に言えば、藤孝が虎の威を借りて縮こまっていたからこそ、光秀は早々に見限られ、天下の混乱は最低限で済んだ。

動く細川は国を乱し、動かない細川は家を残す。藤孝の最大の武功は、いつだって「何もしなかったこと」だったのかもしれない。

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