「自分は被害者」アピールをするが…

佐藤二朗氏は、『週刊新潮』の独白インタビューの中では「(橋本愛氏に対して)怒ったような言い方はしていない」「(対話するときは)足が震えていた」と、自らの「弱さ」を強調し、ハラスメントを否定している。しかし、これこそが特権的な強者がおちいるパターナリズム(父権的介入)の典型だ。

「夫婦別姓刑事」におけるキャスト順位は佐藤二朗氏が筆頭だ。キャリアもあり、181cmと高身長で体格もよく、年齢も橋本愛氏の2倍近い、大柄の男性である。その彼が、「ドラマの演技であっても事前に明示のない接触は避けたい」と事務所経由で意思を示している女性の楽屋に、事前のアポイントもなしに二度も入っていく。楽屋というのは半ばプライベートな空間(人目を排してメイクや着替えを行う場所)だ。これはフジテレビから指示されたルールを破ったことにもなる。

その行為自体が、相手にとっては逃げ場のない「威圧」であり、境界線(バウンダリー)の侵犯であるという想像力が、彼と、彼を応援して橋本愛氏をおとしめる書き込みをするネットユーザーには欠落しているのではないか。

「役者を続けるべきでない」は完全アウト

二度目の楽屋訪問の際に、佐藤二朗氏が言いはなった「役者を続けるべきではない」という言葉は、彼としては「アドバイス」のつもりかもしれないが、言われた側には「俺は変わりたくないからお前のほうが変わるか、この世界から立ち去るかしろ」という「屈服の強要」に聞こえるはずだ。

佐藤二朗氏は、役者論を真剣に語ったと主張するが、体格差、年齢差、性差といった権力勾配が二人のあいだには存在しており、クローズドな空間において、強者からの「アドバイス」は事実上の宣告として機能してしまう。

佐藤二朗の事務所フロム・ファーストプロダクション、7月1日の発表コメント②(一部)
佐藤は上記で決められたレギュレーションを守り、1話を撮り終えて出来上がった完パケを観て、素晴らしい出来だと感じました。そして、今後の撮影のためにもわだかまりを残さない方がいいと思い、橋本愛氏を労う意味も込めて橋本愛氏の楽屋を訪れました。
そこにはスタッフの方もおり、3人が在室する状況の中で、俳優同士の会話として、橋本愛氏の演技が素晴らしかったと感じたことを伝えました。そして過去の心の傷は最大限、尊重されるべき社会だと心から思うが、トラウマがあって夫婦役を演じるなら先に状況を相手に共有すべきである事、その状況が続くなら俳優を続けるべきではないのではないかと僕個人は思います、と伝えました。この日、橋本愛氏は、佐藤が退室するときも笑顔でした。