民族と言語が入り混じるバルカン半島
もう一つの代表的な半島、バルカン半島を見てみましょう。
「バルカン(Balkan)」とは、トルコ語で「山脈」を意味します。その名の通り、山がちで複雑な地形をしたこの半島は、地政学的に朝鮮半島以上に複雑な運命を背負っています。
ここは、アジアとヨーロッパ、イスラム教とキリスト教(カトリック・正教)が交差する、文明の十字路です。オスマン帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、ロシア帝国という巨大な勢力が、この半島を巡って何百年も綱引きを続けました。その結果、何が起きたか。
「バルカニゼーション(小国分立化)」と呼ばれる、徹底的な分断です。
朝鮮半島は、民族的には複雑ではありませんが、バルカン半島は山脈によって地形が細切れになっているため、無数の民族と言語がモザイク状に入り組んでいます。
隣人に怯え、排他的で攻撃的に
大国たちは、この複雑さを利用しました。
「お前の隣の民族は敵だ。俺と組めば、あいつを倒してやる」
それぞれの民族が、別々の大国と手を組み、隣人を殺し合ったのです。
セルビア人はロシア(正教)を頼り、クロアチア人はドイツやオーストリア(カトリック)を頼り、ボスニアやアルバニアの一部はトルコ(イスラム)の影響を受ける。
同じスラブ系の顔をしていても、信じる神と頼る親分が違う。
この地理的環境が生んだ思想は「隣人への徹底的な不信感」です。
彼らにとって、隣人は「いつか自分を裏切り、大国を引き入れて虐殺しにくる存在」です。
第一次世界大戦の引き金となった「サライェボ事件」も、1990年代の泥沼のボスニア紛争も、すべてはこの「大国の代理戦争の場」にされた半島の悲劇でした。
バルカンの人々が持つ、時に排他的で攻撃的なメンタリティは、性格が野蛮だからではありません。
「誰も信用するな。自分の身は自分で守れ。やられる前にやれ」
そう教え込まなければ生き残れない場所だったからです。

