患者の希望につけ込むビジネス
「余命3カ月のがんが食事療法で完治した」といった奇跡の体験談は、医学的な裏付けがなくても、人の心を強く惹きつけます。藁にもすがる思いの患者さんやご家族にとっては「自分にも希望があるかもしれない」と思わせてくれる話だからです。
そうした心理につけ込み、高額な商品やサービスへ誘導するビジネスがあります。奇跡の体験談の裏には、書籍やサプリメント、セミナー、オンライン講座など、さまざまな商品やサービスを販売するビジネスが隠されていることがほとんどです。さらには医師を名乗る人物の中にも、自由診療で高額な食事療法やサプリメントをすすめ、多額の費用を請求している例があります。
さらに近年はSNSや動画配信サイトの存在が、この問題を悪化させています。「医者が隠している真実」「これだけでがんが消えた」といったセンセーショナルな内容は、多くの再生回数や「いいね」を集めやすく、広告収入や有料会員、商品販売につながります。そのため、医学的に正しい情報を地道に発信するより、根拠の乏しい極端な主張のほうが利益を生みやすいという歪んだ構造が生まれているのです。
本当に食事だけでがんが治るなら、症例報告をすべきです。そうすれば他の医師も試して、臨床試験が組まれ、いずれは標準治療になります。がんは世界中の研究者が何十年も取り組んできた病気です。画期的な治療法があるなら、一部の人だけが知る秘密として隠され続けることなどないでしょう。
もちろん、すべての情報発信者が悪意を持っているわけではありません。しかし、発信者が何によって利益を得ているのか、商品やサービスを販売していないか、利益相反はないかを冷静に確認する姿勢は欠かせません。がん患者さんの「治りたい」という切実な願いが、誰かの金儲けの道具にされてはいけないでしょう。
標準治療を受けながらの食事療法
当然のことですが、標準治療を受けながら「野菜を多めに食べる」「玄米を食べる」といった極端でない食事療法を行うのは本人の自由です。プラセボ効果もあるでしょう。「自分でも何かできている」という安心感につながることもあります。それ自体を否定するつもりはありません。
問題は「これでがんが治る」「抗がん剤より効く」「医者は本当のことを隠している」という話になってしまうことです。そこには医学的根拠はありません。では、なぜ多くの人が食事療法を信じるのでしょうか。
その理由の一つは、人は重大な出来事ほど「原因」を求めるからではないかと私は考えます。がんの原因として飲酒や喫煙が知られていますが、それらをしなくても、がんになることもあります。日本人のがんの約36%は予防可能な要因に関連しているとする研究がありますが、逆にいえば60%以上はどんなに健康的な生活をしていても防げません(※2)。
しかし、それでも何か原因があるのではないかと考えてしまうのは人の性です。例えば、誰にでも健康によくないとされる食品を口にした経験はあるでしょう。そうした食品が原因かもしれない、と思ってしまうのです。
※2 Burden of cancer attributable to modifiable factors in Japan in 2015 - PubMed

