皇族が愛人を献上

こうなると、その義満の悪癖を逆手にとって、彼におもねる男まで現れる。永徳元年12月、皇族である常磐井宮満仁(ときわいのみやみつひと)王は、晴れて念願の親王宣下(親王の位を与えられること)を受ける。しかし、実はこの裏で、満仁王は自分のお気に入りの愛妾を密かに義満に献上することで、彼に巧みに取り入っていたのだった。今回の親王宣下も、愛妾献上のお礼として義満から朝廷への口利きがなされたものだと、当時の人々から陰口を叩かれている。

愛人で買った「親王」位。まったく呆れた話だが、こうした妻妾献上による見返りは決して小さなものではなかった。実際、さきの話に出てきた中山・裏松という公家の家々は、それまで必ずしも高い家柄ではなかったものの、その後、義満の引き立てをうけて室町の宮廷社会で大きな力をもつようになる。これも妻妾献上の余得と言えるかも知れない。

しかし、当たり前の話だが、そこには女性本人の意思はどこにも無い。義満に言い寄られて彼女たちが靡いたとしても、義満の絶大な権力を思えば、それをどこまで彼女たちの「主体的判断」と言えるのか。むしろ、女性をモノとして扱う、こうしたことが平然と行われていたこと自体、当時の女性たちの地位の低さを象徴するものと言えるだろう。

(清水 克行/ノンフィクション出版)
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