現在開催中のFIFAワールドカップは、サッカーのひのき舞台。日本は決勝トーナメントでブラジルに逆転負けし、ベスト32で敗退した。とはいえ、強豪国相手によく頑張ったと思う。森保一監督や選手が「優勝」をはっきり目指したのも頼もしかった。

日本のこれまでの最高の成績は、決勝トーナメント進出のベスト16。それで優勝を口にしたのはビッグマウスのようだが、脳科学的には合理性がある。

人間は、どうしても自分の限界を自らつくってしまう傾向がある。身体能力の上限よりも先に、脳が自身のパフォーマンスを制限してしまうのだ。「優勝」を公言することで、自分たちの潜在能力を最大限に発揮できる。指揮官である森保監督自身が最高の成果を目標として公言することで、選手たちも自らの脳のリミッターを外して、潜在能力を思い切り発揮することができる。このようなリーダーのあり方は、サッカーワールドカップのような、アスリートにとっての最高の舞台にはふさわしく、脳の働きから見ても合理的なのである。

ほかの人の上に立つ、マネジメントのやり方は一つではない。ただ、上司がどのような性格かということによって、チームの性格は変わってくる。

しばしば見られるのは、「不機嫌」になることで部下をコントロールするマネジメントスタイルである。決して推奨されるものではないが、ビジネスの世界では珍しいことではない。

上司が不機嫌になると、部下たちが慌てて、その意を汲み取って動き出す。そのことで、仕事が進み、成果が出ているように見えることもある。

ただ、上司が不機嫌になるマネジメントスタイルでは、チームメンバーの潜在能力を十分に発揮することができない。むしろ、萎縮してしまったり、必ずしも高くない目標に「当てに」いってしまうことになりかねない。

何よりも、上司が不機嫌になり、萎縮させて仕事をさせるマネジメントは、メンバーたちが自分らしく生きて、働くことを妨げてしまう。そのことで達成される成果は、必ずしも最高のものとはならないのである。

森保監督はいつもニコニコしていて、報道陣への対応も丁寧で、「いい人」というパブリックイメージがある。また、「ドーハの悲劇」の経験について、「夢を摑み取れそうなところで、指の間から零れ落ち、これ以上悲しい出来事は起きないだろうという境地に達した。残りの人生では上がるだけであり、だからこそポジティブに捉えられる」という趣旨のコメントを残している。

なぜ森保監督はいつも機嫌がいいのか? そこには、日本代表を最高の舞台で至高の成果に導くための、合理的な脳の使い方がある。

(写真=時事通信フォト)

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