ご遺体をみれば「病院嫌い」もわかる
ご遺体を解剖して、「この方は生前、病院に行くのがよっぽど嫌だったのかな」と想像することもあります。明らかに生活習慣病が進んでいる所見がある、あるいはがんの末期の所見がある場合、体調もそれなりに悪かったはずです。それなのに受診歴がまったくないのは、よほどの病院嫌いだったか、生活に困っていて治療を受ける余裕がなかったか、と考えます。
乳がんを放置して亡くなったご遺体を何度か解剖したことがあります。がんは進行すると全身に症状が出ます。やせたり、大腸がんなら便が出なくなったり、胃がんが進行すれば胃が痛くなったりします。
そういう症状が出てQOL(Quality Of Lifeの略。生活の質、人生の質)が下がると普通は病院に行くものですが、乳がんは胸のしこりや乳房のひきつれ、ただれなどが症状として出てくるため、病院でみてもらうのが恥ずかしいと放置してしまう人がいます。末期になると皮膚が潰瘍化して、ただれて乳房がなくなり、ますます受診のタイミングを逃してしまうのです。
臨床医では病名がわからない異状死体の痕跡
最終的には家で倒れているのを家族がみつけて救急車を呼びますが、救急隊員が心臓マッサージをしようとすると、みたことのないただれが胸にある。救急隊は驚いて搬送するのですが、病院の医師もこのような傷はみたことがない。やけどか? それとも新しい感染症か? こうして、私のもとに解剖依頼が寄せられます。病院にはここまでがんを放置した患者さんはやってきませんから、臨床医だと乳がんの末期だとわからない場合もあるのです。
異状死体が多い地域というのはありませんが、高齢化率の高い地方のほうが突然死は多い印象です。当然、異状死体として私のもとに運ばれてくる方も高齢者の占める割合が多くなります。
地域によって事件や事故の種類が違うなと思うこともあります。当たり前のことですが、海や川が多い地域ならば、海や川で亡くなった方がよく運ばれてきますし、近くに山があれば遭難やクマ被害によって亡くなった方が増えます。東京で仕事をしていたときは、強盗殺人やリンチによって亡くなったご遺体が多かった印象があります。
地域の違い、時代の変遷によって人の亡くなり方は変わります。死は、私たちが暮らす社会と密接につながっているのです。


