中曽根氏の父・康弘さんは「女性天皇容認だった」

中曽根発言後のSNS投稿を見ていたら、名古屋大学大学院教授の河西秀哉さんが「父親の中曽根康弘は女性天皇容認だったのですよね」と投稿していた。最近書いた論文で言及したそうだ。調べてみたら、愛子さまが生まれた翌日、2001年12月2日の朝日新聞が「与野党から女帝論再浮上 皇室典範の改正求める声」と報じていた。中にこうあった。

〈自民党の中曽根康弘元首相は、東京都内のホテルで記者団に「現代は男女共同参画社会で、憲法上も男女平等だ。(男性天皇に)こだわる必要はない。私は前から女帝も認めたらどうかと言っている」と述べ、国会の憲法調査会で具体的に検討するよう求めた〉
中曽根康弘氏
中曽根康弘氏(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

悠仁さまが生まれる前の話だ、と弘文さんは言うかもしれない。だけど今だから、この発言のまっとうさが際立つ。側室制度を否定して男系男子による皇位継承を維持するのは、しょせん無理なのだ。だけど政府も国会も、悠仁さまが生まれたことにあぐらをかいてきた。そして選挙で自民党が圧勝するや否や、「旧宮家の男系男子養子案」を強引に進めた。そんなの「国民の総意」ではない、というのが国民の総意だろう。当時、康弘さんは83歳。今の弘文さんより3つ上だ。

「これからも女性は下です」という宣言になる

冒頭で政府は「皇族数の確保に向けた皇室典範改正案」を決定したと書いたが、事実上「男系男子絶対!」方向での皇位継承改正案だ。いつの間にか、ぬるっと進める自民党。卑怯なり!

先述した河西さんが原武史・明治学院大学名誉教授と改正案について語っている(「週刊ポスト」7月10日号)。閣議決定前の対談だが、河西さんが世論調査で7、8割が女性天皇を容認していることについてこう語っていた。

〈その根底には、「首相が女性なのになぜ女性天皇はだめなのか」という疑問を持つ人が増えていることがあると思います。女性が天皇になれない今の皇室制度は男尊女卑の象徴のように見えるのかもしれません〉

全くその通りだと思うと同時に、この感覚、今を生きる女性皇族方も持っていると思うのだ。女性を下に見ることがわかっている組織で、愛子さまをはじめ女性皇族方は懸命に働いてきた。この国会で皇室典範が改正されるということは、「はい、これからも女性は下です」と内外に宣言することになる。

皇室典範改正法案の要綱を見ると、必要があると認められるときは「三十年ごとに見直しが行われるものとする」と書かれている。30年後? 愛子さまは54歳、佳子さまは61歳になっている。それまでずっと「女性は下」の組織に残れって?