「私が日本を率いる立場なら、フィジカルAIにもっと張り込む」アンソロピック理事のリチャード・フォンティーン氏は、こう言い切る。日本はAI開発で「大きく出遅れた」と政府自身が認めるが、同氏の見立ては違う。本当の勝負どころはフロンティアモデルの開発ではなく、これから各国で進む“社会実装”である――。米中関係、台湾問題、防衛強化、そして日本の勝ち筋。米シンクタンク・新アメリカ安全保障センター(CNAS)所長も務めるフォンティーン氏に、激変する世界の読み解き方を聞いた。

――5月14〜15日の米中首脳会談は、大国同士の「グランド・バーゲン(包括的な大取引)」の始まりだったのでしょうか。日本が注目すべき点は?

グランド・バーゲンは存在しなかったし、これからも存在しない。ワシントンと北京の間で成立しうる「大取引」など、そもそもないからだ。

今回は政治劇に近かったが、首脳会談というのはどんなものであれ、政治劇の要素を多分に含む。「画づくり」は本当に重要で、特に中国側にとってそうだ。トランプ大統領を中南海に招いて歩かせ、「ここに各国の首脳を案内することはめったにない。プーチン氏も来ましたよ」と告げる。トランプ氏が「いいね、すばらしい」と答える。そういう演出に意味がある。

ただ、今回の本当の教訓は「何が起きたか」よりも「何が起きなかったか」のほうにある。中国側はいくつかの点で勝利を得たが、米国側が中国の望み通りには動かなかった部分も多い。

そして、これは今年予定されている、おそらく4回の米中首脳会談のうち1回目にすぎない。年末にかけて、より実質的な合意が出てくる可能性がある。

――トランプ大統領の言動によって台湾有事のリスクが高まることを、日本はどれくらい心配すべきでしょうか。

心配すべきは、トランプ氏が「台湾独立に反対する」と言うか言わないか、という文言の問題ではない。米国による武器輸出の扱いのほうだ。

意外なことに、トランプ氏の発言は、米国の伝統的な姿勢である「戦略的曖昧性」の路線に沿っている。「台湾が攻撃されたら米国は防衛するのか」と問われても、長年の米国の伝統的な政策方針は「答えを言わずに、曖昧にしておく」というものだった。

これによって中国には「米国が出てくるかもしれない」と思わせて攻撃を抑止し、台湾には「米国が守ってくれないかもしれない」と思わせて独立宣言を抑制する。これがうまく機能してきた。しかし、バイデン前大統領は「台湾が攻撃されたら防衛する」と公の場で4回も口にし、政策を事実上動かした。トランプ氏はむしろ伝統的で、「その話はしない」「そんなことは起きない」と返す。これは戦略的曖昧性に整合する。

しかし、武器については違う。従来、米国は「台湾向けの今後の武器輸出について、北京とは協議しない」と必ず言ってきた。それをトランプ氏は「習近平氏と話し合った」と認め、さらに今後予定される約140億ドルの売却パッケージを「交渉カードとして使いたい」と発言した。これは新しく、あまり望ましくない。少なくとも現時点では、中国にとっての勝利であり、日本にとっては警戒すべき対象だ。

最新モデルを持つ国が勝者となるのではない

――日米両国は、AIを使ってどのように防衛のイノベーションを起こすべきでしょうか。口先だけではなく、本物の改革を進めるには何が必要ですか。

従来の防衛技術調達は、大手の防衛企業に何年もかけて大型の兵器システムを作らせ、それを政府が調達する、というモデルだった。だが、このような時間のかかる手続きは、AIのイノベーション・サイクルにまったく合わない。ウクライナで起きているドローンやサイバー戦の応酬は、年単位ではなく週単位の話だ。片方が優位を得れば、もう片方がすぐに対応し、それにまた対応する。だから、いままでよりはるかに速いペースで技術を防衛部門に取り込むサイクルが要る。

もう一つ、それらの新しい技術の多くは、もはや伝統的な防衛企業の手中にはない。アンソロピックのようなAI企業や、本来は商用技術を売っている一般企業が作っている。だから国防総省は、従来とは違う形で技術と向き合わなければならない。

これが難しいのは、日本でも米国でも、防衛・調達の官僚機構が規制とルールの塊で、極めてリスク回避的だからだ。最悪の事態が起きないようにするのが彼らの仕事だが、それが同時にイノベーションを窒息させる。シリコンバレーは「10あれば9は失敗するが、残る1つが世界を変える」という前提で動いている。発想がまったく違う。だから、もう少し失敗のリスクを許容して、実験の余地を広げる必要がある。

根本的な発想の転換も要る。「アメリカが作り、アメリカが使い、アメリカが売る」ではいけない。米国とすべての同盟国が、出所にかかわらず世界最良の技術を生み出し、すべての防衛機関で使えるようにする――そういうエコシステムを目指すべきだ。

シリコンバレー拠点のスタートアップ「1X Technologies」の人型ロボット「NEO」
シリコンバレー拠点のスタートアップ「1X Technologies」の人型ロボット「NEO」。今 年、米国で発売予定で、価格は2万ドル(約320万円)。掃除などの家事を代行するという。(写真=同社提供)

――AI開発をめぐって、米中は商業や軍事など複数の競争をしています。どの勝敗がもっとも重要ですか。

少なくとも2つの大きな競争が同時に行われている。一つは米中のAIレースで、地政学的・軍事的・経済的なもの。もう一つは商業上のレースだ。これらのモデルは政府ではなく企業がつくっていて、企業同士が競争している。中国も米国も、自国企業がリードできる条件を整えようとしている。

現時点で、フロンティアAIモデルの開発では米国がリードしており、おそらくこのリードは維持される。しかし、もっとも決定的なレースは「アダプション(普及・実装)」のレースだ。これはどちらが勝つかわからない。

アダプションは自動的には起きない。AIを軍事に、経済に、あらゆる領域に組み込むには時間がかかる。米国の自由市場システムと、中国のより国家主導的なシステム。軍と軍。その構図のなかで、どちらが速く、深くAIを社会と組織に組み込めるか。それが最終的な勝敗を左右する。

最新モデルの開発ではどの国も米国にはかなわない

日本には半導体の「門番役」になってほしい

――日本政府はAIで「大きく出遅れた」と認めています。日本はこれからどんな戦略を選ぶべきでしょうか。

まず「AIで遅れている」とは何を意味するのかを整理する必要がある。フロンティアAIモデルの開発という意味なら、世界中のあらゆる国が米国に遅れている。中国ですら、かろうじて2位につけている状況だ。日本がフロンティアにとどまる必要があるという考え方は正しくない。

日本にとって重要なのはアダプションだ。正しいアプローチは3つある。①もっとも建設的に使える領域で積極的にAIを取り入れること。②AIに伴うリスクを抑えること。そして、③人々が必ず抱く、雇用などをめぐる不安に向き合うことだ。「ソブリンAI(主権AI)」の構成要素として、日本が持つべきものを挙げよう。まずデータセットだ。日本語のデータ、政府保有のデータ。これらは主権AIの基盤になる。次にコンピュート(計算資源)。半導体、半導体製造装置、そして国内のデータセンター。フロンティアモデルそのものを日本企業が日本で学習させる必要はないと思うが、データセンターは国内に置きたいはずだ。これも主権AIの一形態だ。

そして、もし私が日本を率いるなら、もっとも張り込みたいのは、インフラへのAI実装だ。ロボティクスや産業生産。これらは日本が明確な優位を持つ領域だ。川上の半導体製造から、川下のロボティクスやAIの物理的な実装まで、日本は「フィジカルAI」に強い。ここにこそ懸けるべきだ。

――AIと防衛の分野で、米国はパートナーとして日本に何を期待しますか。

大きく2つある。第1に、半導体製造の技術や装置を守る「門番役」だ。これらはAIモデルにとっての原材料にあたる。日本にはこれを民主主義国にはアクセス可能にする一方、中国には供給しないでほしい。中国に優位を与える形で出してほしくない、ということだ。米国も自国の半導体輸出について同じことをしなければならない。

第2に、ロボティクスとフィジカルAIでのリーダーシップだ。ロボティクスへのAIの実装・展開において、日本は本当の意味でリーダーシップを発揮できる。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年7月17日号)の一部を再編集したものです。

(構成=本誌編集部)
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