経験と勘でヒグマの潜伏先を探す
赤石が仲間に連絡する。作戦変更だ。
もう一度、ヒグマの進行方向に先回りしなければならない。いま横切られた町道は赤石が最初にヒグマを見つけた町道だ。この町道と並行するように、もう1本別の町道が走っている。
ヒグマはそちらの方向へ向かっているはずだ。
そこで、先ほどと同じように布陣して迎え撃つ。間もなく、勢子の小野田が道路に姿を見せた。一度、全員が集合し、再度、待ちの配置を考え直す。
「疲れてないか」
赤石が小野田を気遣う。
「これくらいで疲れるわけないさ」と小野田。
先回りした待ちから、配置完了の合図が入る。
赤石も、全員の位置を頭に描きながら、自分の待ち場であるトドマツ林沿いの薄暗い場所へと車で向かう。運転するのは私で、助手席に赤石といういつものフォーメーションだ。
「止め足使ったぞ」
「トドマツの林が、いったん切れているぞ」
小野田は再びヒグマの足跡に乗ったようだ。無線の報告を聞きながら、赤石の頭の中では、それぞれの位置がナビゲーション画面のように立体的に浮かび上がっていた。自分の位置をGPSで確認できる時代ではない。すべては自分の経験と勘に頼るしかなかった。
あてが外れたと思いきや
「ヒグマの野郎、止め足使ったぞ」
小野田が慌てた声で連絡をよこす。ヒグマは皆が待ち構えている場所から約500メートル手前まで近づいていたが、そこで人間の気配を察知したようだ。
「やっぱりな」
助手席の赤石が頷く。あれだけの巨体のヒグマである。それだけ年齢と経験を重ねたはずで、追っ手の追跡をかわす技には長けているはずだ。
「おい、逆に先回りするぞ」
ヒグマは、歩いてきた方向へ戻ると踏んだのだ。そこには赤石だけが知っている、ヒグマが向かいそうな枝道がある。まだ間に合うはずだった。
私は国道から枝道へとハンドルを切り、赤石の指示する場所に車を止め、ドアを開けて待ち受ける。音や気配を聞き逃さないためだ。すぐ横にはトドマツの林が迫っている。
「ここにいれば、絶対に通る」
赤石の絶対の自信が伝わってくる。
じりじりするような時間が過ぎ、突然、林の中から「ギャーッ」と鋭い鳴き声が上がり、思わず心臓が跳ね上がった。
「カケス※だ」と赤石。
編集部註:スズメ目カラス科の鳥、全長は30cmほど。
やがて無線に小野田の声が入ってきた。
「今来た所を、戻っているぞ。誰か、最初の位置に戻れ」
小野田から無線が入る。
1分、3分、5分……静かに時間が過ぎていく。
「来ないな。ここじゃなかったか」
赤石の勘が外れたのか――いやな予感を抱きつつ枝道を引き返し、国道へ出る。再び元の町道へ入って走っていると、小野田から連絡が入った。
「今、枝道に誰かいたのか? 車のタイヤ痕の上に、羆の足跡があるぞ」
ほんのわずかな差で、ヒグマは私たちが待っていた場所を後から通ったのである。やはり赤石の判断は正しかったわけだが、後の祭りだ。

