背後から突進してきた…

ヒグマと勢子の距離は10メートルもない。ヒグマは姿を見せぬまま、藪の中を勢子に向かって突進してはぶつかる直前で止まる威嚇行動――ブラフチャージを仕掛けてくる。

そして再び咆哮。矢のような怒声が森を貫く。歴戦の勢子2人も、この迫力には抗しきれない。1人が木にしがみついて身をかわし、無線で救援を求めた。

「おい、誰か中に入ってきてくれ」

小野田から悲痛な応援要請が来るが、見通しのきかないササ藪の中に入り込むのは、危険が大きすぎる。

「犬を連れて入ってみる」

急報を受け、関本が猟犬を連れて森へ踏み込む。犬が先陣を切り、藪を裂くように突き進む。すると間もなく、猟犬が血走った目で駆け戻ってきた。

その背後から、巨大なヒグマが迫っていた。

グリズリー
写真=iStock.com/seread
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ヒグマは関本に向かって一直線に突進し、直前で関本の1メートル横をかすめるように通過。旋回して再び元のササ藪へと戻っていった。

関本に銃を構える暇などあるはずもない。手を伸ばせば毛に触れられるほどの距離でのすれ違いだった。

赤石はその一部始終を横合いから見ていた。関本へ突進するヒグマの軌跡は、揺れるクマザサの波で読み取れる。ササ藪の隙間から巨影がわずかでものぞきさえすれば、一撃で止めるつもりで、赤石は引き金に指をかけていた。

しかし、その瞬間は訪れなかった。

ヒグマが動いたぞ

ヒグマとハンターたちの攻防は、すでに1時間近く続いていた。

時間は午後3時になろうとしている。猟が許されている日没まで、あと1時間ほどしかない。ヒグマとの闘いに「時間との闘い」の要素が加わってきた。

ヒグマが逃げ込んだ森の中には、1本の古い作業道がある。その存在を知っているのは、ここにいるうちのほんの数人だけだ。

そこへ車を無理やり押し込んでいけば、ヒグマはいやでもどこかの待ちの前へ飛び出してくるかもしれない。

森の中では、勢子2人が孤立したままだ。私は作業道の入り口で「待ち」についていたヒグマ猟のベテラン、宮田実のランドクルーザー70に身を移した。ヒグマが潜む森に踏み込むのである。より重く、より頑丈な車でいくべきだと思ったからだ。

ランドクルーザー70でギアをローにして作業道へと分け入る。作業道とは名ばかりで、実際には獣道に近い。ボンネットの高さまで迫るクマザサを、押し分け、踏み倒しながら進む。

車体がクマザサを裂く乾いた音だけが、妙に大きく耳に残った。距離にして、200メートルほど進んだ時だった。

突然、森の空気が、変わった。

「ヒグマが動いたぞ!」

周囲を囲んでいた待ちから連絡が入る。

「川のほうに向かっている」

読み通り、車の音に気づいたヒグマは、森に入ってきた方向――つまり入り口側――へ戻り始めた。