すべての抜け道を塞ぎ…
巻き狩りは、忠類川北側の森からスタートした。
周囲6キロほどの森からヒグマを追い立てていく。ヒグマは川を上流へたどるか、あるいは知床へ続く林帯へ抜けるか、ルートはその2通りだ。
森をぐるりと囲むように、待ちの配置が決まっていく。忠類川沿い、カラマツ林とトドマツ林の境目――考えられるすべての「抜け道」で仲間たちが待ち構えている。
勢子の小野田は、日の出を待って森へ入るタイミングを計っていた。赤石のもとには、各持ち場から続々と配置完了の連絡が入る。
空が白み始めると同時に、小野田が一面真っ白になったササ原へ踏み込んだ。ヒグマの通った筋を追って、雪をかぶったクマザサを分けていく。
待ちについた全員が、静寂を保ち、森の囁きに耳を澄ませる。瞬きすら憚られるような緊張感のもと、周囲を凝視してヒグマの気配を拾おうとしている。
赤石のいる場所は、藪の中に、わずかに低くなった筋のような段差がある。前方からヒグマが来れば、すぐに動きがわかる。各配置の中でも自分が最も有利に撃てる位置を選んだのである。
赤石から見て海側には、スラッグ銃(散弾銃で単発弾“スラッグ弾”を撃てる銃)を持った新人ハンターがいる。その奥にはヒグマを撃った経験の少ないハンター、さらに奥にはベテランハンターが陣取る。
道路を横切ろうとするヒグマを絶対に逃さない「層」をつくるための布陣だった。
300キロの巨体が宙を舞った
「新しく通ったばかりの跡に乗ったぞ」
勢子の小野田から連絡が入る。
「川沿いを上流に向かっている」
続けざまに位置情報が無線に乗る。ヒグマは忠類川を上流へたどっているようだ。しばらく進むと林は途切れ、牧草地になるはずだ。
ヒグマは背後に小野田がついていることを感じ取っているのだろう。急に進路を90度変え、赤石の待ち構えている方向へ向かってきた。
「羅臼方向に向かってまっすぐいっている」
小野田の声が続く。ヒグマが向かっているのは標津から羅臼へと抜ける方向だ。
「どんどんいっている」
もう1人の勢子はライフルを持っているが、銃を持たない小野田にヒグマが向かってくる可能性も高い。それでも小野田は臆する様子もなく、ひたすらヒグマを追い詰めていく。いまヒグマが向かっている先にはカラマツ林が広がっている。
「あそこに来なきゃいいけどな」
経験の少ないハンターの前にヒグマが出ることを赤石が危惧した矢先、赤石の横50メートルほど先のクマザサが「ガサッ、ガサッ」と揺れた。
と思う間もなく、ヒグマが飛び出してきた。
ちょうど新人ハンターの真正面だ。新人は、目の前の疾走していくヒグマを呆然と目で追うのが精いっぱいで、引き金に指をかける余裕などなかった。
待ちについている誰もが狙いを定める間もなく、ヒグマは道路をひと跳びで飛び越えた。
「デカい」
50メートルほどの距離で、真横からヒグマを見る格好になった赤石が思わずつぶやいた。道路幅と同じほどの巨躯が、宙を駆けるように一瞬で反対側のカラマツ林へ消えた。300キロは優にありそうな体が、驚くほど軽やかに走り抜けていった。
「ヒグマに道路を渡られた」


