首相の言葉が軽くなった

40年近く永田町を取材していると、スキャンダルや疑惑の度に、言い逃れをしたり秘書に責任を押し付けたりする政治家の姿を数多く見ることになる。しかし、国政の最高責任者である首相の言葉が、こうも軽々と修正が繰り返され、しかも、真実の解明が却って遠ざかるようなことは、筆者の記憶にはない。

しかも、問題になっているのは中傷動画作成の経緯や首相周辺の関わりという以前に、高市事務所の秘書と動画作成に関わった男性との間に「面識があるのかないのか」という単純な事実関係だ。記憶があいまいだとか、確信が持てない、などという発言で納得を得ることは到底できないだろう。

高市首相
FIFAワールドカップ2026 トロフィーツアーによる表敬を受ける高市首相(写真=内閣広報室/CC-BY-4.0/wikimedia commons

成功体験が生み出した高市首相の“流儀”

「その場の思いつきや余計な修飾語を使って答弁するから、後々つじつまが合わなくなる。しかも、間違いや思い違いを認められないから、さらに傷口を広げる。結局、訂正したのかどうかあいまいなまま引きずることになる。それでも、最後まで非を認めなければ、いずれ野党も諦め、世間も忘れてしまうと思っているのだろう。これが『サナエの流儀』だ。今回の中傷動画問題もその流儀で逃げ切ろうと思っているのだよ」
 ある立憲民主党の議員は吐き捨てるようにそう言った。