「ナイフを抜かなければ助かったのに…」
その手術にかかわった心臓外科医が、「ナイフを抜いてさえいなければ、助かったはずなのになぁ。俺は助けられたのに」と悔しそうに言っていたことが忘れられません。
ただし、医療関係者はその事実を被害者の母親に伝えることはしませんでした。
「苦しんでいる娘を自分が少しだけラクにしてあげられた。『お母さん、ありがとう』という感謝が娘の最期の言葉だった」という事実に、被害者の母親が絶望の中にわずかな慰めを見出していたからです。
最愛の娘を理不尽に殺害された母親に、「あなたがナイフを抜いていなければ、娘さんは助かったはず」と伝えるのは、あまりにも無意味で残酷でしょう。
ナイフで刺された、腹に包丁を突き立てられた、建設現場で落下した鉄筋が足に刺さった……。いずれの場合であっても、刃物や鉄筋が止血帯のような役割を果たしますから、「刺さったままで手術室へ」が大原則です。
刃物で刺された人が病院に運び込まれると、まず間違いなく緊急手術となります。医療従事者は、抜去時の大量出血に備えた輸血体制が整えられた手術室で、全身の状態をみながら止血のための治療を行います。
つまり、刃物を抜去したあとの処置を適切にできる環境でなければ、抜いてはいけないのです。
解剖が難しいのは「めった刺し」事件
ここからは個人的な感想ですが、「解剖に要した労力と成果が釣り合わない事例」ランキングがあるとすれば、私は「めった刺し」事件を首位に推します。
俗に「めった刺し」と呼ばれる状態は、加害者がナイフなどの刃物で何度も執拗に被害者を刺しています。ほとんどが負の感情が暴発しての凶行であるため、傷口も多く、深く、ランダムです。時には、全身に100カ所以上の切り傷がつけられている死体もあります。
めった刺し事件の被害者を解剖する際に、法医解剖医はすべての外傷に番号をつけ、それらの深さと長さを測り、皮膚の下のどんな筋肉が損傷し、さらにその下の臓器や血管が何ミリ切れているかまで一つひとつ調べます。
100カ所の傷があっても、どの順番で切られていったかはおおよそわかります。
最初につけられた傷は、まだ心臓がきちんと動いているため出血量が多い。けれども、心停止したあとにつけられた傷からは、出血がありません。心臓が止まったあとに刺されても、ただ皮膚が切れて傷ができるだけで出血しないからです。


