湾岸戦争の教訓に学ばなかった

――千々和先生の『戦争はいかに終結したか』(中公新書)にもあるように、戦争の終わり方にも色々なパターンがあります。

【千々和】本書でも取り上げましたが、アメリカは、過去に湾岸戦争を経験しています。当時はパパブッシュの政権でしたが、戦争の終わり方以前に、始める前にも相当に用意周到な準備を重ねていて、目的も明確化していました。

湾岸戦争の目的は「クウェートに侵攻しているイラク軍を国境外に追い出す」こととし、イラク軍が撤退しなければ多国籍軍による武力行使を容認するとの国連安保理決議も経ています。

当時の米統合参謀本部議長パウエル将軍は「体制転換までは求めるべきではない。サダム・フセインを排除しても、イラクが民主国家になるわけではなく、違う名前のサダムが出てくるに過ぎない」と分析していました。

米国務長官コリン・L・パウエルの公式肖像写真。2001年1月に撮影、肩書は当時
米国務長官コリン・L・パウエルの公式肖像写真。2001年1月に撮影、肩書は当時(写真=米国務省/PD US DOS/Wikimedia Commons

まさに今回のトランプ政権は、アリー・ハメネイ師を殺害したものの、次男のモジダバ・ハメネイ師が登場しただけで体制は変わらなかったわけで、こうした湾岸戦争の教訓にトランプ政権が学んでいたとは思えません。

最初の出発点からして間違っていた

パパブッシュ政権はそれ以外にもアメリカが抱えるコストや犠牲、同盟国の姿勢なども考慮して、比較的短期間で、犠牲も少ない形で目標を達成しました。

しかしそれを学ばなかったのが息子ブッシュ政権で、同時多発テロ後の2003年に「フセインさえ倒せばアメリカ軍は解放軍としてイラクの民衆から歓迎される」と考えてイラク攻撃に乗り出します。その際には演説で「われわれは軍国主義日本も民主主義国に変えたのだ、だからできる」などと過去の成功体験を持ち出してもいました。

この時も一応、不十分ながら国連安保理決議に依拠してイラクへ侵攻しました。ただ確かにサダム・フセインを拘束はしたものの、イラクは内戦状態に陥ってしまった。地上軍を出してさえ、体制転換を図るのは難しいのだという歴史の教訓が残りました。

しかしこうした歴史の教訓に、トランプ政権は学ばなかったのでしょう。ミサイル攻撃だけで体制を転換できるという見通しそれ自体があまりにも杜撰でした。これから和平交渉が続くことになるのでしょうが、最初の出発点からして間違っていた人たちが、収拾を付けるのは容易ではありません。