首相の国会答弁とは完全に食い違い

首相は一貫して疑惑を否定し続けました。5月11日の国会答弁では「週刊誌の記事を信じるか、秘書を信じるかというと、私は秘書を信じます」と言い切りました。動画を誰が作ったかではなく、「誰を信じるか」という問いに変換する答弁は、往年の政治的修辞としては定評のある手法です。

しかし6月に入り、文春が43分の音声を公開すると、その手法の賞味期限が切れ始めました。「秘書を信じる」ことと「秘書がやった事実について正しく国会で答弁する」こととは違いますし、秘書を信じていたからといって、事実と異なる答弁をしてはならないのは自明であるからです。「面識はなかった」と途中まで強弁していましたが、常識的に、面識とは「実際に会って名刺交換をする」レベルではなく「相手を個体認識できる」レベルのことと解されるため、ZoomやLINEで何度もやり取りしていたらそれは面識はある(=相手を認識できる)と解されるのは当然と言えます。

この原則は、1992年、時の首相・竹下登さんが佐川急便事件で証人喚問での内容に関し犯罪に「関与していたはずだ」「嘘をついている」として、野党や一部メディアが「竹下登の偽証」として激しく批判・報道した経緯と極めて似ています。このときは、結果的に、偽証の白黒はつかないまま竹下政権は退陣に追い込まれてしまいました。