「会うこと=善」という当たり前を疑うべき

これらは本当に必要だから続いていたのではなく、やめる理由がなかったから続いていただけです。コロナ禍はその慣習を強制的に断ち切りました。

渋谷交差点を歩くフェイスマスクの群衆
写真=iStock.com/Fiers
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その結果、私たちは初めて気づいたのです。「なくても困らない関係」がいかに多かったかということに。したがって重要なのは、「会うこと=善」という前提を疑うことです。私はここをはっきりさせておきたい。会うこと自体に価値はありません。価値があるのは、「誰と会うか」です。

この基準を導入すると、行動は劇的に変わります。無意味な会食は減り、形式的な付き合いは消え、本当に必要な関係だけが残る。その結果、精神的な負担は驚くほど軽減されます。さらに言えば、「会う」という行為は時間を占有します。移動時間も含めれば、数時間単位で奪われる。人生後半において、このコストは決して軽視できません。