時代の寵児らとの西麻布での濃密な時間
平日は厳しくも愛情深い先生方とともに寮生活を送り、週末はそんなぶっ飛んだ母親や家族と過ごす。いわばダブルスタンダードのもとで育ちながら、少しずつ時間をかけて体得したある学びがありました。それが「母親もひとりの女性である」というごくあたり前の、でも子どもにはまだ理解が難しい、あるひとつの真実でした。
ヘアメイクアップアーティストとして、美容やファッションの世界で活躍する母はとても輝いていました。子どもの目から見てもキラキラしていて、とにかくモテていました。あるときは一世を風靡したミュージシャンが母の運転するスポーツカーに乗り込んできて、私が一緒にいるにも関わらず、車から降りてくれなかったこともありました。
特に西麻布に住まいを構え、コシノジュンコさんら時代の寵児と呼ばれる人々と密に過ごした時期は、特別な時間だったと思います。みんなそれぞれ気が強くて、バチバチなライバル関係でありながら、とっても仲がよく、新しい時代を切り拓くために手を携えて前に向かっていました。手に負えなかったのかどうなのか、父はよく私に「世の中の人々はもっと保守的なのだからね」などと言っていましたね。
私のお母さんである前に、ひとりの女性なのだ
母親であると同時に、女性としての魅力も放つ母。そのことに複雑な思いを抱えたことはもちろんあります。仕事にプライベートに駆け回る母を見て、寂しい気持ちを抱かなかったわけではありません。ただあまりにイキイキとしていて楽しそうで、その姿を眺めているうちに、ある日ふとこう思ったのです。「この人は、私のお母さんである前に、ひとりの女性なのだ」と。
そのことが腑に落ちてからは、いろんなことをすんなりと受け入れられるようになり、私自身も生きやすくなりました。「ひとりの女性として見る」という視点は、人生のさまざまな場面で役立っていて、他者との関係性を築くときや仕事を進める際にも生かされていると感じています。

