1995年の円急騰の見方

特に、「レパトリ」の文脈で重要なのはⒶの「対外直接投資」で、92年上半期と93年上半期がゼロ横線を割り込んでいる、ということです。

大矢俊雄『教養としての為替』(かんき出版)
大矢俊雄『教養としての為替』(かんき出版)

これは、新規海外投資(実行)より、海外からの投資撤退・資金引き揚げ(回収)の方が多い、ということを示すので、まさに「レパトリ」が多く起こっていた証と推察されます。

しかし93年下半期以降、Ⓐの「対外直接投資」はプラスに転じます。さらにここで注目していただきたいのは、Ⓑの「対内直接投資」の動きです。

96年に「投資収支」がゼロ横線を割り込んだ(=ネットで日本へのキャッシュ流入)のは、92年から93年にかけて対内直接投資がマイナスになった(海外勢が日本への投資を引き揚げた)後、94年以降は「対内直接投資」が基調として増加した影響が大きいことが分かります(94年以降は「対外直接投資」も「対内直接投資」も基調として増加を続け、平常時に戻るような動きがあったことが示されています)。

「対内直接投資」は海外から日本への投資なので、これが増えたことが94年以降の為替レートにも影響を与えたことが見て取れます。

これが、バブル崩壊後に外国企業による日本企業の買収が増えたためなのか、それ以外に理由があるのか。分析するのも面白いかもしれません。

80円割れのドル円の史上最高値(当時)を付けた1995年上半期は、「レパトリ」の観点からは急激な動きは見て取れません。

まとめると、「レパトリ」は1992年と1993年に大きな動きがあり、それが円高の進行に寄与したのかもしれませんが、95年にドル円レートに急激な動きがあったのは、レパトリだけでは説明できず、海外からの投資増や投機筋の動きなど、他の要因もあったと推察されます。

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