「ハケンの品格」のようにはいかない

1985年に制度化された派遣労働は、自分の専門性を生かして、会社を変えながら自由に働くことができるとされていた。

今野晴貴『会社で働くとなぜ幸せになれないのか』(SB新書)
今野晴貴『会社で働くとなぜ幸せになれないのか』(SB新書)

たとえば、2007年放送のテレビドラマ「ハケンの品格」では、特Aランクの派遣社員・大前春子は派遣でありながら、正社員以上の専門スキルと仕事の速さを持ち、定時になれば一切の未練なく帰る。一方、正社員たちは長時間労働や社内政治に縛られ、不満と疲労を抱えているというストーリーだ。

あるいは、凄腕の外科医・大門未知子が利権や権威にまみれた病院の都合を無視して渡り歩く「ドクターX」も、会社人間的な医師へのアンチテーゼが大うけした(厳密には派遣ではなくフリーランスだが、派遣のように扱われている)。

会社の理不尽な扱いを我慢するのではなく、自分で会社を選ぶ。しかも、仕事内容は固定なので、自分のやりたい専門業務を極めることができる。会社に支配されるのではなく、仕事に生きがいを持てる働き方だというわけである。

たしかに、1986年に始まった初期の派遣労働は、通訳など専門的な仕事が多く、収入もよかった。ところが、1999年に業種が原則自由化されると、就職氷河期のさなか、正社員になれなかった低スキルの若者たちが派遣労働に一気に流れ込む。結果、彼ら彼女らが「使い捨て」のターゲットにされたのだ。

派遣会社は大量の若者を雇い入れ、彼らの労働力を派遣先に販売する。そこには労働法は直接的には適用されず、スキルが低い労働者はあたかも「安売りの商品」のように扱われた。言い換えれば、大前春子や大門未知子のような高いスキルを持っていなければ、会社から独立して自由に働くことはできず、使い捨てにされるだけであった。

派遣OLの立場はヨワヨワだった

とくに、派遣労働の割合が高い事務職で働く女性の立場は極めて弱かった。

登録時の面談で容姿や雰囲気が暗黙のうちに評価され、「A」「B」「C」といったランクに振り分けられる。どの企業に紹介されるか、次の仕事があるかどうかは、その評価に左右された。

派遣先では、その弱い立場を見透かすように、身体への接触や、断りにくい誘いが日常的に繰り返された。拒めば契約を切られるかもしれず、セクハラも我慢せざるを得ない。

オフィスで疲れたビジネスウーマン
写真=iStock.com/maroke
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