【田原】難しいな。もう少し具体的に言うと、フランスと日本の教育はどこが違いますか。

【福原】入試問題からまったく違います。フランスの高校卒業試験であるバカロレアでは去年、「あなたは自由と平等、どちらが大切だと思いますか」という問題が出ました。これはどちらを選んでもよくて、なぜ自分はそう考えたのかを論理的に説明することが求められるわけです。一方、日本のセンター試験の「倫理社会」では、「○○主義を提唱したのは誰ですか」という答えが1つしかない問題を、しかも4択や5択で出す。

【田原】その問題、面白いね。福原さんならどう答えますか。

【福原】私なら自由が大切だと答えます。たとえば平等を重視して弱者への再配分を強めていくと、短期的には弱者に優しいかもしれませんが、長期的には働くインセンティブが落ちかねません。そうなれば結果的に弱者にとっても優しい社会ではなくなる可能性があります。こうした平等の弊害を考えると、長期的には自由を選択すべきだというのが私の意見です。バカロレアであれば、それをミルやカントといった先人の知恵を使いながら説明していきます。

【田原】なるほど、福原さんは自由を選んで答えたけど、べつに平等を選んでもいいのですね。

【福原】先日、日本のある学校の授業を見学に行って驚きました。せっかく自由と平等について授業をやっているのに、先生が「こういう理由で、こっちの考え方がいい」と答えを押しつけていました。これじゃ生徒は自分の頭で考える力が身につかないでしょう。

【田原】数年前に日本で流行った「ハーバード白熱教室」とは逆のやり方ですね。サンデル教授は正解のない問題を学生たちに投げかけて議論をさせました。一方、日本の教育にはディスカッションがない。本当はディスカッションの中から創造力がつくられるのに、日本では答えは1つだと教えるから、むしろ議論はしちゃいけないんだ。

【福原】いま私も田原さんと議論することで刺激を受けて、自分の考えを深めたり、新しい考えをつくり出そうと必死に頭を使っています。そのダイナミズムが本来の教育の姿なのですが、残念ながら日本の場合は、先生が1番偉くて、生徒は知識を一方的に与えられる人になっています。先進国に追いつく過程においてはそうした教育も効果的でしたが、日本は1990年代前半にアメリカに追いついてしまった。知識を与えられるだけの教育では、その瞬間に、誰も絵を描けなくなってしまう。それが「失われた20年間」につながったのかなと。