自称「美しく華やかな理想的な国家」
習近平の演説における「恥辱感」の背景を理解するためには、中国人が持つ中華文明に対する深い自負心を理解する必要がある。
18世紀前半まで、中国は間違いなく世界で最も優れた文明を誇る国家だった。科学技術分野では四大発明に代表される革新的な技術を生み出し、人文学や芸術などの分野でも他国の追随を許さない高い水準を維持していた。
詩歌、書画、哲学、建築など、その多岐にわたる文化は、東アジア全体に大きな影響を与え、周辺諸国はその文化を学び、取り入れることに努めた。この歴史的な輝かしさこそが、中国人が持つ中華文明に対する強烈な自負心の源泉である。
しかし同時に、この悠久な歴史がもたらしたのは、中国人特有の文化的傲慢さでもあった。魯迅はかつて、この傲慢さを「中央にそびえ立つと競争する相手がなかった。そのため自尊心が一層高くなり、自分のものだけを大切に考え、万物を見下すのが当然だと考えた」と厳しく批判している。中国の歴史は、王朝交代を繰り返しながらも、常に自らが世界の中心であるという「天下思想」に裏打ちされてきた。
中国人の傲慢さと自尊心は、様々な自称からも読み取れる。中国は自らを「華夏」「中華」「神州」などと呼んできた。「華夏」の「華」は服装に刺繍された美しい花柄を意味し、華やかで美しいことを表す。「夏」は礼楽によって統治される理想的な秩序が整った状態を指す。つまり「華夏」とは、「美しく華やかな理想的な国家」という意味なのである。
「戦狼外交」が生まれた背景
「中華」の「中」は単なる地理的な中央という意味にとどまらず、高級文化を有する世界の中心という意味を内包しており、「神州」は「天が降りた国」という意味で、天の下で自分の民族が特別な存在であるという一種の選民意識を表している。つまり、中華思想の根底には、中国が世界の文明的中心であり、周辺の民族や国家はすべて「蛮族」であるという世界観が存在するのだ。
こうした中華思想は長い間、中国人のアイデンティティの核心として形成されてきた。ところが、近代に入って経験した屈辱は、この伝統的世界観を根底から揺るがすものだった。強烈な民族的自負心を持つ中国にとって、西洋の「蛮族」はもちろんのこと、自分たちより文明水準がはるかに劣ると考えていた日本にまで敗北したことは、想像を絶する屈辱だったのは間違いない。
彼らは、自らが「文明」の中心であり、他者は「未開」であるという根強い信念を持っていたため、その「未開」な存在に敗北したという事実が、精神的基盤を根本から揺るがしたのである。
この屈辱感は現代中国の対外関係にも大きな影響を与えている。中国が見せる攻撃的な外交姿勢、「大国としての尊厳」を強調するいわゆる「戦狼外交」スタイルの背景には、この歴史的な屈辱の記憶と、それを克服しようとする強い意志が存在している。彼らは、過去の屈辱を二度と繰り返さないために、自らの力を誇示し、国際社会における発言力を高めようと躍起になっているのだ。

