Q.「1年後に1万1000円もらうのと、いま1万円もらうのと、あなただったらどちらを選ぶか」と聞かれて、ほとんどの人はいまの1万円を選んでしまう。ちょっと我慢して1000円多くもらったほうがよさそうなものだが、どのような数字のカラクリが隠されているのか。
人間は時間に関しても理屈通りでない感覚を持っているものなのだが、将来のお金の価値がいまならいくらなのか、将来の価値を現在に換算するときに用いる率(レート)のことを経済学では「割引率」という。たとえば、金利が2%だった場合、1年後の1万円の現在の価値は「1万円÷1.02=9803.92円」となる。そして、この割引率は人間の“せっかち度”を測るバロメーターにもなるのだ。
割引率が高いということは、将来の価値を現在の価値に引き直すときに、将来の価値から大きく割り引いて考えていることを意味する。つまり、現在価値を低く見積もっていることで、「それならいまもらったほうがいい」というせっかち度の高さを示しているわけだ。
ちなみに1年後の1万1000円の価値が現在の1万円の価値と同じになる割引率は「1万1000円÷X=1万円」の方程式を解けば求められ、その答えは10%。現在の市中金利の水準を考えると、かなり高い割引率である。それにもかかわらず、いまこの場で1万円をもらってしまうとしたら、その人は相当せっかちな性格といえるだろう。
また、割引率に関してこれまでの伝統的な経済学は時間がたっても一定と考えていたのに対して、行動経済学では期間が長くなればなるほど、せっかち度が下がる、つまり割引率が低くなると考える。そのことを示したものが「双曲割引モデル」と呼ばれる図のグラフだ。我慢する期間が1日から2日に延びると、1日の我慢が単純に2倍になるのではなく、ときには3倍にも4倍にもなり、グラフは下に垂れ下がった形となる。
しかし、「きょうなのか、あすなのか」という近い将来の話に比べて、現時点から見て「100日後なのか、101日後なのか」というもっと先の話になってくると、その1日の差はほとんど気にならなくなり、グラフは徐々に水平に近づいていく。つまり、手前の時間ほど割引率が高くなり、反対に遠い将来に関するものについては低い割引率が設定され、せっかち度も低下傾向を示す。
面白いことに、この割引率は禁酒や禁煙の難しさを説明するのにも役立ってくれる。誰しもアルコールやニコチンの摂取が健康を害することを知っている。それなのに将来のリスクに目をつぶって、「この1杯だけ」「この1本だけ」と手を出してしまう。つまり、無意識のうちに将来のリスクに対する割引率を低く設定してしまっているわけなのだ。