人生における目的や志は、生きていくうえでの指針になる。

何のために仕事をしているのか、どんな生き方がしたいのかなどを、折りに触れて意識し確認することで、迷いや悩みから立ち戻るきっかけにもなる。成功による慢心やうぬぼれを戒めることもできる。

目的や志が明確であれば、そこに共感したり賛同したりする人たちが集まってくるだろう。「その志を応援しよう」と申し出てくれる実力者が現れる場合もある。

とはいえ、若くして志を語れる人はほとんどいない。私もそうだった。何のために仕事をするのかも考えたことがなかった。

それでもどこかの段階で、仕事に対する思いを志に昇華していくプロセスが必要だ。きっかけはさまざまだが、人との出会いが契機になる場合が多い。私が志について考えるようになったのも、ある地方銀行の副頭取との出会いだった。

20代のころ、私は「3年以内に全国1位になる」と社内で宣言していた。そこで売上をあげるために、毎朝の銀行回りを自分に課していた。行員が取引先企業を訪問する際に同行し、保険を販売させてもらうのである。そのとき、毎朝銀行へやってくる営業マンは珍しいと、関心をもってくれたのが、副頭取だった。

全国一を狙っているのだと話すと、その率直さも気に入ってもらえたようで、銀行の各支店長をはじめ地元の有力者を紹介してくれるなど、何かと目をかけてもらえるようになった。

あるとき副頭取に、なぜ損害保険会社を選んだのかと質問された。

私の父は、親類の借金の返済に追われ、それがもとで命を縮めた。私がサラリーマンになったのには、その父の死が影響していた。

商売をすれば借金の苦労がある。父の死を前に、そう思った。そのため、一流企業に就職することで、一生を安泰に暮らしたいと考えたのだ。

ところが、それを聞いた副頭取は、
「キミはつまらん男だな」
と言い放ったのだ。
「保険を売って、金を儲けることしか考えてない。キミには何の魅力も感じないよ」