人生は計算どおりにはいかないと、つくづく思い知った体験がある。

損害保険会社に入社して、地元の熊本で金融機関営業の部署にいたときのことだ。

金融機関営業とは、個人のお客さまをターゲットにするのではなく、銀行から取引先企業を紹介してもらって保険を販売する部署だ。法人が相手なので、個人のお客さまに保険を売るより、取り扱い金額や手数料も大きい。

このとき私は、全国1位の成績をとることを目指していた。

最初の上司の応援もあって、2年間担当した個人営業から、売上の数字をつくりやすい法人営業の担当に、部署を移してもらっていたのだ。

そこに異動の話がもち上がった。異動先は、自動車課である。

この自動車課というのは、損保では花形部門である。取扱件数も多く、担当する社員の数も多い。しかし私は、金融機関営業を続けたかったので、人より売上をあげていることを理由に、異動を断った。

じつは、自動車の事故処理を担当するのが面倒というのもあったのだ。

ところが、九州地方はその夏、記録的な台風被害に見舞われた。

その影響で、私が担当しなくてはならない事故処理件数が1万2000件にものぼった。水災や風災といった台風の被害は、火災保険がカバーするのだが、この年はあまりにも台風の被害が甚大で、火災保険の処理件数が、自動車事故など問題にならないくらいの処理件数になってしまったのである。

自動車課であれば、熊本の支店にも、何人かの事故処理係がいた。自動車の事故は件数も多いからだ。しかし、火災保険の担当は、女性がひとりいるだけだった。つまり、1万2000件の事故処理を、私とその女性のふたりでやることになったのだ。

忘れられないのはクリスマスの日のことだ。

あるお客さまのもとに伺うと、真冬の玄関口で頭から水をぶっかけられたのだ。

「バカヤロー! 台風の調査に何カ月もかかりやがって! 修理もできなかったじゃないか! 何のために保険料を払ってると思っているのか!」

あまりに事故の処理件数が多く、まだ台風被害の調査は続いていたのだ。

私は「申し訳ありません」と平身低頭しながら、これは、自動車課への異動を避けた罰だと思った。面倒を避けてラクな道を選んだために罰が当たったのだ。