まさかの市が介錯する
どうやら、それがいま死のうとしている長政の市への愛情だ、という話らしいが、その間にも、長政はだれにも介錯をしてもらえず苦しんでいる。敵でも尊厳は大切にするのが武士のヒューマニズムのはずだが、愚にもつかない話をして、長政のことは放置している。
その後におよんで、市は藤吉郎と小一郎に刀を所望した。そして、市がみずから呻吟する長政の前に赴き、介錯したのである。しかし、介錯とは簡単にできるものではなかった。きちんと首に当たらないと切れず、するとなかなか絶命しない。女性が少し刀の訓練をしたくらいで、簡単にできることではない。
それなのに、苦しんでいる長政を長時間放置していた兄弟は挙句、市にできっこない介錯をさせたのである。
筆者は腹に短刀を突き刺したままの長政のことが気になって、まったく集中力を失い、その後、NHK ONEで再見して、ようやくその後の内容を確認したほどである。しかし、筆者よりよほど、切腹の流儀に敏感で忠実であるはずの藤吉郎や小一郎が、悠長に話をしていて、夫を愛するはずの市も急がない。
時代考証家はなにをしているのか
どうして、ここまで歴史を無視するのだろうか。フィクションで構わない。当時の常識に近づける努力をしないのだろうか。この第17回「小谷落城」は「豊臣兄弟!」の汚点となったが、これ以上、汚点をつけることがないように、いまは祈る気持ちである。
前述したように、時代考証を担当する学者が2人いるのに、彼らはなにをしているのだろうか。そのうちの1人は、少し前に豊臣政権をあつかったNHK BSのテレビ番組で、別の学者が「歴史観というのも、根底に人間があるんでしょうね」といった際、「いや、史料ですよ」といい切った。
たしかに、小谷落城の際、長政がどのように死んだのか、市や娘たちがどのようにして脱出したのか、同時代の史料には記されていない。だから、なにをやってもいい、と考えているのだろうか。しかし、史料をもとにしつつも、当時の「人間」がなにを思い、どう行動したのかを考えなければ、歴史は読みとけない。
ところで、「小谷落城」の最後の場面で、小谷城の主殿は燃えていた。しかし、発掘調査の結果、小谷城が焼けた痕跡はいっさい見つかっていない。だが、これも考古学の成果であって、史料には書かれていないことだが。

