豊臣兄弟と相撲を取る茶番

その後も、落城寸前の城にしては、悠長すぎる対話が続いたが、それはまだよい。だが、信長が助けるというのに死のうとする長政に対し(信長が長政を助けようとしたなど、ありえないが)、小一郎が放ったセリフは、現代的で青臭いヒューマニズムに貫かれ、聞いていられなかった。

「人は放っておいても死にまする。どんなに偉い身分の者も、屈強な侍も、みんな死ぬ。寿命をまっとうできずに、病やケガで死ぬ者も大勢おりまする。なんでわざわざ自ら死なねばならんのじゃ。侍の誇りがなんじゃ。そんなものは捨てて、生きたくても生きられないもののために生きてくだされ!」

現代の感覚ではもっともらしい訴えでも、戦国の世に宿敵をようやく倒す局面で、そんな発想はありえない。そもそも、ここにたどり着くまでにも、小谷城でも多くの城兵を殺したはずの武将が、どの口でいえたものだろうか。しかし、ここまでもまだ許す。長政が「わしとおぬし、どちらが正しいか、答えなどはない。勝負しようではないか」というので、勝負とはなにかと思えば、相撲だったのである。

長政は「2人まとめてこい」といって、兄弟と相撲をとり、渾身の力で2人を倒し、死ねることになった……。落城寸前の小谷城で、残された家臣や城兵たちのことは、一切埒外に置いて、よく相撲など取れたものだ。

筆者撮影
小谷城にある浅井長政が切腹したという赤尾屋敷跡

ハラキリの横で与太話の謎

その後、長政と市は2人きりで最後の時間をすごし、長政は「市、いつまでもそなたらしく、強く生きてくれ。わしは、そんなそなたが大好きであった」と、ゆっくりと伝える。だが、何度もいうが、ここは落城寸前の城である。ゆったりとした時間の流れ方に、観ていていら立ちが募る。

いよいよ長政は短刀を手にして切腹する。だが、それもきわめて不自然な光景だった。切腹するなら、だれかが介錯をするのが常識だ。介錯とは、切腹する者が苦しまないための措置だが、それ以上に、武士が尊厳をたもって死ぬための介助だった。長政に向かって「生きてくだされ」と訴えた小一郎は、いざ死ぬと決まった長政の、せめてもの尊厳をたもつために、どうして介錯を申し出ないのか。

結局、長政は一人で刀を腹に突き立て、呻き苦しんだが、それこそ長政の尊厳が損なわれた。あの時代のヒューマニズムを強調するなら、絶対に介錯をすべきである。

ところが、小一郎は長政が苦しんでいるそのとき、市に向かって、かつて途中まで語った話の続きをはじめた。「そこでその大男がいきなり、フーと息を吐いたかと思うと、湖の水をすべて飲み干してしまったのです」。そうして溺れた娘を助けたが、腹が膨らんで、その愛する娘を抱きしめられない。そこで、大男は自分で自分の腹に針を刺したが、鉄砲水のように水が噴き出し、空へと登っていき、月となって娘を見守るようになった――。