姿を消した人が流れ着く先とは

それぞれの事情で行き場をなくし、最後の手段として姿を消すことを選んだ『蒸発』に登場する人たちは、都会の片隅にひっそりと紛れている場合もあれば、カップルでラブホテルに住み込み、息を殺すように暮らしている人もいる。

映画に出演する蒸発者のひとり。出演者たちの身元を保護する目的で、AI技術を用い一部の顔や声に加工を施している
©2024 OSSA FILM, BR, MORI FILM
映画に登場する蒸発者のひとり。他の蒸発者たちは身元を保護する目的で、AI技術を用い一部の顔や声に加工を施している(作品は、3月14日よりユーロスペース ほか全国順次公開)

本作は涙・苦悩・劇的な発見などドラマティックな展開ではなく、むしろ淡々と彼らの知られざる日常を追う。そのリアルな描写から、厳しい現実だけではなく、人生をリセットしたことで得られるかすかな希望も感じられる。

それはなんとか食べていけているからだとも思う。本当に食い詰めてしまったら、社会から見限られたと感じたら、蒸発することさえあきらめ、万引きなどの、比較的軽い犯罪に走るかもしれない。筆者は長年、裁判傍聴をライフワークのひとつにしてきたが、被告はそうした背景を持つ者も多かった。服役を終えて社会に戻っても受け入れてくれるところがなく、また刑務所に舞い戻ってくる高齢者もたくさんいる。

すべてを捨てて今いる場所から脱出

蒸発した人たちは、家族や親せきなど、過去の人間関係を断ち切って生きている。悪いことをして追われている人もいるだろうが、そうとばかりは限らない。周囲から見たら問題なく生きている人が、すべてを捨てて今いる場所から脱出することもあるのだ。年間数千人という蒸発者の数が、それを物語っている。

『蒸発』の一場面
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『蒸発』の一場面。本作(監督:アンドレアス・ハートマン&森あらた 配給:アギィ)はミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭最優秀作品賞などを受賞し、高い評価を得た。

海外ではこの映画をきっかけに「JOHATSU」が一般語として流通し始めているとも聞く。

蒸発とは、それまで何者かであった人が、この社会における空気のような存在になることだ。探す人から見ればたまったものではないだろうが、あらゆるしがらみから逃れ、ゆらゆらと漂うような不思議な存在が許される世の中には、ある種の救いがあるようにも思えるのだ。

(初公開日:2026年3月7日)

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