進行や再発に油断はできない

広辞苑には「急性疾患」の項目はないのだが、日本国語大辞典には「突然発病して急激な症状を呈し、急速に経過してなおるか、または死にいたる病気。病気の経過の長短によって分類した名称」とされている。

こうしてみると、「がんは慢性疾患になった」という言い方は、対比語である「急性疾患」から「慢性疾患」へと移行したというよりも、「死に到る病い」から「慢性疾患のようなマイルドな病気」になったという考えからきているようだ。しかし、どうもイメージとしてしっくりこない。

長く付き合う病気になった――より正しくは、長く付き合うことができる場合もある病気になった、であるが――は事実だ。しかし、慢性という言葉には、辞書にもあるように「症状が激しくなく」とか「急激に悪化したりはしない」というイメージがこびりついている。

そのあたりが、がんに対してしっくりこない最大の理由だ。一般的な慢性疾患では、病状をなだめすかせるといった治療になるのに対し、がんの場合は、がん細胞を抑え込んでおく必要があるというのも大きな違いだ。

男性のがん患者
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かつては不治の病だったのが、長く付き合うことができる病気になった。それって、ちょっと慢性疾患に似てるという気がしないでもない。しかし、どこかイメージが違う。がんは、慢性疾患のように長く付き合えることもあるが、進行や再発については油断できない。そう考えるのが妥当ではないだろうか。

ポックリ死ぬ想像を繰り返してきた理由

主な死因の順位は、現在、1位:悪性新生物、2位:心疾患、3位:老衰、4位:脳血管疾患、5位:肺炎、6位:誤嚥性肺炎、7位:不慮の事故、となっている。

老衰と悪性新生物≒がんはゆっくりと進行する。心疾患や脳血管障害は急死する場合もあるが、治療により回復することや慢性化することもある。肺炎と誤嚥性肺炎は高齢者の問題で、難しい倫理問題をはらんでいるが、あまり積極的な治療はしない方がいいのではないかという考えもある。不慮の事故はもちろん急死だ。

もっと昔、抗生物質のなかったような時代は、急性肺炎のような感染症で急死する人も多かった。救急医学の進歩などにより、昔に比べると心筋梗塞や脳卒中によるポックリ死は少なくなってきている。とはいえ、まずはポックリ死について考えてみよう。

まだ生後10カ月だったので何も記憶はないけれど、銀行員だった父親は35歳の時に元気に出勤して突然の心停止で亡くなっている。

そんな生い立ちだったので、小さな頃から、ポックリ死んでしまったらと想像してみることがよくあった。そのために、やりたいことは後回しにせず、できるだけ後悔しないように生きることを心がけてきた。65歳の定年で隠居生活に入ったのも、それが大きな理由である。