キャリア各社は何をやろうとしているのか
ここまでくると、スターリンクを「通信サービス」と呼ぶことの限界が見えてくる。それはサービスではなく、条件である。つながるという条件が成立しているかどうかによって、できることとできないことが決まる。この意味でスターリンクは、従来の通信会社とは異なる位置に立っている。通信を提供するのではなく、通信が成立する条件を再定義しているのである。
第1章で見た日本の携帯キャリアの動きも、この文脈で初めて理解できる。彼らはスターリンクを売ろうとしているのではない。むしろ、自らの存在意義をその新しい条件の中で再定義しようとしている。地上のネットワークだけでは守りきれない接続を、宇宙まで拡張することで担保する。その上で初めて、通信会社としての価値を維持できる。
この章の最後に、もう一度問いを置いておきたい。スターリンクとは何か。それは衛星通信なのか、インターネットなのか、それとも新しいインフラなのか。答えは単純ではない。しかし少なくとも言えるのは、それが単なる技術ではなく、社会の前提条件を静かに書き換え始めている存在であるということだ。そしてその書き換えが進むほどに、我々はそれを特別なものとしてではなく、「当たり前のもの」として受け入れていくことになるだろう。
能登半島地震が暴いた通信の弱点
ここまでスターリンクを「前提条件を変える技術」として見てきたが、それが単なる概念ではなく現実の中で意味を持つようになったのは、2024年の能登半島地震を経てからである。この出来事は、日本の通信に対する見方を大きく変えた。あるいは、これまで見えていなかったものを露わにしたと言った方が正確かもしれない。
大規模災害が発生したとき、まず起きるのは電力の停止であり、次に通信の断絶である。基地局は電源を失い、光ファイバーは物理的に断線し、通信網そのものが機能を失う。これまでも同様の事態は繰り返されてきたが、能登半島地震ではもう一つの条件が重なった。道路が寸断され、機材や人員が現場に到達できない状況が長期間続いたのである。
ここで初めて明確になったのは、通信インフラの弱点は単に壊れることではなく、復旧に時間がかかることだという点だった。地上のインフラは物理的に存在するがゆえに、壊れれば直さなければならない。そしてその“直す”という行為そのものが、現場に到達できない状況では成立しない。
このとき、スターリンクは全く異なる振る舞いを見せた。空が開けている場所であれば、通信は存在し続ける。必要なのは小型のアンテナと電源だけであり、それさえ確保できれば、数分で通信環境が立ち上がる。道路が寸断されていようと、被災地域の地上ネットワークが壊れていようと関係がない。ここにあるのは「復旧する通信」ではなく、そもそも途切れない通信である。

