「最後の安全な一滴」を米国と西半球が握る
ここで効いてくるのが、西半球側の供給余地だ。
ロイターは4月1日、アジアと欧州が中東の代替を求めた結果、米国の石油製品輸出が3月に過去最高を更新したと報じた。
液化天然ガス(LNG)輸出も、4月1日にロイターが配信した記事によれば、同日記録的水準に達している。
米エネルギー情報局は、ブラジル、ガイアナ、アルゼンチンが2026年の世界の原油増産の半分を担うと予測しており、北米の液化天然ガス(LNG)輸出能力も米エネルギー情報局によれば2029年までに2倍超へ拡大する見通しだ。
ここで挙げた数字は4月13日の選別的封鎖だけでなく、それ以前から続く戦争全体の供給不安も反映している。それでも、市場が米州側の供給余地に目を向け始めていることは確かだ。
しかも米国は、すでに西半球の供給中核でもある。米エネルギー情報局の発表によれば、2025年の米国の主要輸送燃料輸出は平均日量240万バレルで、メキシコがガソリン、軽油、ジェット燃料の最大の仕向け先だった。米国は単に「自給できる国」なのではなく、周辺市場を支えるハブとして振る舞っている。そこへブラジルやガイアナの増産が重なれば、西半球は単独の産油国の集まりではなく、供給圏としての重みを増す。
ここでのポイントは、「米国だけで中東を全部置き換えられるか」ではない。そんなことはできない。だが、商品市場で値段を決めるのは、しばしば最後の数%の不足だ。
その「最後の安全な一滴」を米国と西半球が握れば、価格決定力と外交的な優位性を手に入れることができる。トランプが欲しいのは、世界の全需要ではなく、世界の限界需要を自陣に引き寄せることだ。
泥沼化で中東原油を高コストに
その兆候はすでに出ている。ロイターは4月6日には、アジアと欧州が代替供給を奪い合う中で、米国産原油のプレミアムが過去最高まで上昇したと伝えた。
また、中国はロシア産の調達再開を探り、アジアの買い手は3月4日にロイターが伝えたようにブラジル産や西アフリカ産の原油にも目を向けている。
日本も米国やブラジル、アフリカ産原油の調達を急いでいると、4月10日にロイターが報じている。
ここで起きているのは、単なる地政学的対立ではない。保険会社、船主、精製所、商社、国家備蓄の担当者が、それぞれのスプレッドシートを更新し始めることだ。「どこから買うのが安いか」ではなく、「どこから買えば次も止まらないか」へと判断基準が変わる。いったんこの癖が契約に落ちると、危機が去っても調達地図は元に戻りにくい。
逆封鎖とは、海の戦争というより、世界の調達行動に対する介入なのである。
中国がロシア調達を探り、日本が米国やブラジルを探し、インドが国家保証を検討する、という流れも3月17日にロイターが報じている。エネルギー安全保障が「価格の問題」から「地理と制度の問題」へ戻りつつある、ということである。
だからこれは、「どの海を誰が支配するか」という昔ながらの地政学だけでは説明しきれない。むしろ「どの調達行動を、どのコストで、どちらの陣営に寄せるか」という地経学の問題である。海峡は戦場であると同時に、市場参加者の行動にも介入しているのだ。

