解凍したら動き出しそう

そして開けた空間に出ると、いよいよ冷凍シーラカンスとの対面だ。マイナス20度の表示が出ている冷凍庫が一室のど真ん中にある。ケースの中には頭をそれぞれ反対に向けた冷凍シーラカンス2体が、台座に乗っかっている。来場者で賑わっていたが、できる限り近づいて観察してみた。

眼球はふくらみを持ってギョロリとしており、大きく開けた口の中には鋭い歯がのぞく。胸ビレや背ビレは泳いでいる時のような角度で固まっている。体表にある白い斑点は、生きている当時の白さを保っているようだ。

はく製標本は色やその質感から、やはり死後に作られたものとの雰囲気をまとう。この点、冷凍シーラカンスには「生っぽさ」がある。しげしげと眺め続けていると、解凍したら動き出しそうに思えてくる。血液や内臓をそのまま体内にとどめているからだろうか。展示物としての魅力は、はく製標本を明らかに上回る。

展示されているシーラカンスの標本。沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム
展示されているシーラカンスの標本。沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム(写真=Kentaro Ohno/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

案内板には、次のような説明が載っていた。

「特殊な冷気の流れや大きな特注のガラスを使ったマイナス20度の空間。この特殊な冷凍庫にシーラカンスを収容することで、様々な角度からの観察が可能となっています。ガラス玉ではない眼球、鰓蓋から見える大きなエラ、生きていた時を思わせる口の中など、はく製とは異なったリアルなシーラカンスを間近に観察していただけるのです」

この半年間で会った僕の知人や友人のうち数人が、沼津港深海水族館に来ていた。子どもが小学生や未就学児で、「生き物好きのため連れて行った」という声が多かった。彼らが水族館の記憶で真っ先に挙げるのは、やはりこの冷凍シーラカンス。シーラカンス・ミュージアムと名乗っている水族館の中核をなしているだけに、大いにインパクトがある。

スタッフがイチオシするのにも納得できる。

この地で新しく知った事実があった。それは水族館で展示されているシーラカンスの標本5体が全部、「シーラカンス学術調査隊」によってアフリカのコモロ諸島から日本に持ち込まれたことだ。水族館の一角には調査隊の足跡を紹介するコーナーがあり、1980年代を中心に活躍したチームであることも分かった。

知識を深めようと調査隊の紹介文や年表を読み始めたところで、シーラカンス解説の時間となった。他の来場者に混じり、先のスタッフの話を15分ほど聞く。すると、すぐにアポの時間となったので、別のスタッフにバックヤードに案内してもらった。

水族館は見学時間の目安を「40分~1時間程度」としているが、僕らは2階のシーラカンス展示を全部見終わらないうちに、1時間を使い切ってしまった。

重責担う4代目社長

ほどなく、水族館を運営する佐政水産の社長で水族館の館長である佐藤慎一郎さんと対面した。しばらく前に名刺入れをなくしてしまった僕はこのところ、手帳に自分の名刺を挟んでいる。

名刺交換の時に手帳を出すと、佐藤さんは「僕も同じ手帳派ですよ」と柔和な笑顔を見せた。偶然は重なるもので、佐藤さんと僕は1976年の同じ年生まれ。僕が3月生まれで佐藤さんは12月となるから学年としては一つ違いだが、まさに同世代だ。

ただし、僕と佐藤さんとでは、背負っているものの重さが全く異なる。基本的にひとりで企画を立て、取材に出向き、執筆するフリーのジャーナリストは自由の身だ。原稿の受け手となる編集者との付き合いはあるが、そんなに縛り合うことはない。

一方の佐藤さんは、家業である佐政水産の4代目社長。会社の規模は年商53億円(2024年9月期)にのぼり、従業員130人を雇用する責任も担っている。取引先は多数あるし、水族館がある港八十三番地は沼津の一大観光拠点だ。会社の数字以上の責任と期待を担っている。

それでも佐藤さんの口ぶりは穏やかだし、言葉からも人柄の誠実さが伝わってくる。そして僕と佐藤さんは立場こそ違えど、シーラカンスという共通項を持つ。取材は大いに盛り上がった。