世界中で唯一の冷凍保存のシーラカンス
彼女は「特に注目していただきたい」として冷凍標本を推した。説明によると、はく製は内臓などの中身をすべて取り除き、残った皮の中に詰め物を入れて縫い合わせる。かたや冷凍標本は、中身そのままで凍結保存しており、血液、筋肉、内臓などがすべてそろっている。その冷凍標本の価値を、彼女は次のように強調した。
「大変貴重な標本になります。しかも、この冷凍保存されたシーラカンスをご覧いただけるのは世界中でも当館のみですので、ぜひいろんな角度から写真を撮ったり観察したりしてもらえたらと思います」
「大変貴重」「世界中でも当館のみ」との言葉に、「すごいね」と言葉を交わす親子連れがいた。大人だけのグループでも、フムフムと反応する様子が見られた。
スタッフはこの後、ヒレが10枚あることやエサの捕まえ方、背骨がない代わりに脊柱があることなどの生態の解説を続けた。脊柱の柔らかさは「ちくわのよう」と海外の文献を引用しながら表現。集まった人たちに楽しく聞いてもらいたいとの工夫が随所に感じられ、好感が持てる。
15分ほどの説明の間、子どもも大人も一様に、熱心に聞き耳を立てていた。子どもの集中力は短いため、ずっと話に関心を持ち続けてもらうのは難しいものだ。都度都度の反応を見ながら、ブラッシュアップしてきたに違いない。
水族館スタッフたちの意欲的な姿勢を感じた。僕自身もシーラカンスへの知識を確認できたし、子どもたちとシーラカンスの標本を一緒に観察できた楽しいひと時となった。
なぜ、沼津なのか
先のスタッフが言っていた「当館」は、「沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム」を指す。その名の通り、静岡県沼津市の沼津港にあり、JR東海道線「沼津駅」南口からバスで約15分、タクシーで5~10分ほど。彼女は午前11時から開かれた「シーラカンス解説」のイベントで、来場者に話をしていた。
一帯は「港八十三番地」と呼ばれる商業施設になっている。ライド型の深海シューティングアトラクション「ディープシーワールド 深海王国」や最先端VRアトラクション「ディープクルーズ」もある。飲食店も充実していて、浜焼き、寿司、海鮮丼のほか、沼津産鯖サンドを売っている「cafe ラティメリア」も店を構える。
鯖サンドは文字通り、焼いた鯖をパンにはさんだもの。僕は大学生の頃、本場のトルコ・イスタンブールで食べたが、非常に好みの味だった。焼き鯖とパンは意外にも相性がグッド。とても気に入り、2日連続で同じ店に食べに行った。
僕はここ数年来、陸と海でシーラカンスの取材を続けている。シーラカンスと入力しネット検索すると、沼津港深海水族館が上位に表示される。当然、気になって水族館のサイトを開く。
スタッフが説明したように、はく製3体と冷凍2体のシーラカンスを展示していることは分かるのだが、「なぜ、沼津?」との疑問への答えは載っていない。シーラカンス標本の貴重さからすると、国や地方が関わる施設こそふさわしそうだが、ここはどうも民間の水族館のようだ。

