水産業だけでは沼津は食っていけなくなる
――なぜ沼津港で水族館を造ったのですか?
水族館があるこのエリアの名称「港八十三番地」は、ここの住所から取りました。もともとは僕の実家や佐政水産の本社があった場所です。それらを移動して、地元民や観光客で賑わう場所を創出することを目指しました。
沼津が寂れていくことへの危機感があるからです。沼津は水産業で栄えた街です。私は家業の関係で、子どもの頃から港に来ていました。ところが、中学、高校、大学と大きくなるにつれ、どんどん漁獲量が減っていった。
これだと、水産業だけでは沼津は食っていけなくなる。実際に沼津の人口は1995年がピークで、どんどん減っています。沼津港周辺はより深刻で、4割も減りました。
以前、アメリカへの視察旅行で、カリフォルニア州にある田舎の港町モントレーに行きました。どこにでもある港を脱却し、新鮮な魚介類を売りにしたレストランを建て、廃業した缶詰工場を水族館にリニューアルしました。その結果、年間800万人が訪れる場所となったのです。
2011年に港八十三番地をオープンさせるにあたり、海鮮が楽しめる飲食店をそろえました。と同時に、集客の核となる施設として水族館も造りました。
120館以上の水族館大国日本で、深海は沼津だけ
――水族館は「沼津港深海水族館」と、深海を打ち出しているのが特徴です。
沼津港が面している駿河湾は、最深部2500メートルと日本一深い湾です。沼津がある静岡県の日本一としては富士山が有名ですが、駿河湾も誇れる資産です。
水族館大国の日本には120館以上の水族館があります。世界では500館以上があると言われています。人気者のイルカやペンギンを飼育、展示している水族館はどこにでもあります。差別化するならば地の利も生かして、深海に特化するしかありません。その狙いが当たり、年間35万人程度が訪れる人気水族館となりました。
こうなると、他の水族館が真似てもおかしくないのですが、そうはなっていない。深海生物は手に入れるのが大変なうえに、水温の変化や光に弱い。駿河湾だと捕獲してから数時間のうちに当館まで運ぶことができますが、他ではそうはいきません。
また、飼育方法も手探りです。イルカやペンギンだと病気になった時の薬まで準備できます。ところが、深海生物はエサ、水温、病気の対処法など、その時々に対処するしかありません。
例えば、メンダコはその愛らしい姿から「深海のアイドル」と呼ばれています。しかし、カメラのフラッシュでも弱ってしまうほど繊細で、世界中のどの水族館でも常設展示には成功していません。当館では試行錯誤を繰り返し、2016年に飼育最長記録を52日、その後さらに記録を伸ばして2025年3月には59日を記録しました。
こうしたチャレンジを繰り返し、ようやく100種類以上の深海生物を展示できるようになりました。

