少しずつ始まっている別の取り組み

一方で、現場では異なる試みも見られる。

家庭学習の内容を子ども自身が決める形に移行する実践や、与えられた課題ではなく、自分で問いを立てて取り組む学習などである。

こうした取り組みはまだ一部ではあるが、「やるかどうか」ではなく「どう学ぶか」に焦点を当てた実践として広がりつつある。

「出すかどうか」ではなく「どう学ぶか」

松尾英明『「当たり前」をやめるとクラスが回る! あえてやらない学級づくり』(学陽書房)
松尾英明『「当たり前」をやめるとクラスが回る! あえてやらない学級づくり』(学陽書房)

宿題をめぐる議論は、「出すべきか、出さないべきか」という二項対立になりやすい。

しかし、問題の本質はそこにあるのではない。現在の形が、どのような前提で続いているのか。それは誰を安心させ、誰に負担を引き受けさせているのか。そして、それが今の子どもたちにとってどのような意味を持っているのか。

宿題は、学力の問題としてだけでなく、学びの主語を誰が握るのかという問題としても見直される必要があるのかもしれない。

「出すこと」ではなく、「どう学ぶか」。宿題は今、そのあり方そのものが問われている。

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