料亭の厨房に「味の素」を置くと…

「味の素」(編集部註:味の素は1909年発売、本稿は1933年発表)は近来非常に宣伝されておりますが、私は「味の素」の味は気に入らない。料理人のかたわらに置けば、不精ぶしょうから、どうしても過度に使うというようになってしまいますから、その味に災いされます。私どもは「味の素」をぜんぜん料理場に置かぬことにしています。「味の素」も使い方でお惣菜そうざい的料理に適する場合もあるでしょうが、そういうことは上等の料理の場合ではありません。

今のところ、とにかく高級を意味する料理のためには、なるたけ「味の素」は使わないのがよいと思います。なんとしても上等の料理、最高の料理には、私の経験上「味の素」は味が低く、かつ、味が一定していけないと思います。こぶなりかつおぶしを自分の加減で調味するのがよいと思います。

創業当時の「味の素」瓶
創業当時の「味の素」瓶(1909年)(画像=Ajinomoto Co., Inc./CC-BY-2.5/Wikimedia Commons

心から「料理が好き」な人は上達

料理とは食というもののことわりはかるるという文字を書きますが、そこに深い意味があるように思います。ですから、合理的でなくてはなりません。ものの道理に合わないことではいけません。ものを合理的に処理することであります。割烹かっぽうというのは、切るとか煮るとかいうのみのことで、食物の理を料るとはいいにくい。料理というのは、どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのであります。

真に美味しい料理はどうも付焼刃つけやきばでは出来ません。隣りの奥さんがやられるからちょっとやってみようか、ではだめであります。心から好きで、味の分る舌を持たなくては、よい料理は出来ないのであります。