「最初に被害者数を決めた」クリスティー

アガサ・クリスティー(1890~1976)

アガサ・クリスティーは、『オリエント急行の殺人』『そして誰もいなくなった』『アクロイド殺し』などで有名なイギリスの推理小説家だ。累計の売上部数は20億部以上に上り、聖書とウィリアム・シェイクスピアの作品の次に読まれている作家といわれている。

クリスティーは、イギリスの文学史においても重要な位置を占めている。というのも、ストーリーテリングの技術において、彼女の右に出る作家はいないからだ。

どんでん返しの結末や、緻密なトリックはあまりにも有名で、これまでにも多くの映画や小説、漫画に影響を与えている。推理小説といえば、彼女の登場以前にコナン・ドイルという大家がいたが、「アガサ・クリスティー以後」は、トリックや物語の構成がずっと緻密になり、犯人の犯行手口も奇怪なものに進化していった。

許成準『一日ごとに差が開く 天才たちのライフハック』(三笠書房)
許成準『一日ごとに差が開く 天才たちのライフハック』(三笠書房)

まさに、彼女が「推理小説の女王」と呼ばれる所以ゆえんである。

小説を執筆しているときのクリスティーには、特別な習慣があった。

それは、物語を冒頭から書き始めずに、小説の結末(犯人やトリック)を最初に設計すること。「犯行がどう行われたか」という核心部分を定めてから、その前後のストーリーを補完していったのだ。

彼女がこうした手法を採用したのは、読者の関心が最も高まるのが犯行シーンだからである。未知の犯人の手による不思議な(ときには不可能に思える)犯行こそが、読者を惹きつける推理小説の核心なのだ。

その興味を推進力として、「誰が」「どのような方法で」「何のために」殺人を犯したのかを究明する過程を面白く読ませることが、推理小説の基本とされている。

オリエント急行の食堂車で、夕食を楽しむ人々
写真=iStock.com/clu
オリエント急行の食堂車で、夕食を楽しむ人々

10体の人形、殺される10人

クリスティーの小説が現代においても人気があるのは、この興味の引き方が他の作家たちよりずっと巧みだからだ。物語の構成や展開の緻密さもさることながら、何より印象的なのはその犯行の方法である。

たとえば『そして誰もいなくなった』では、孤島の家に招待された10人が、ひとりずつ殺されていく。招待された家には10体の人形があるのだが、殺人が起こるたびに、必ずその人形のうちの1体がなくなる。10体の人形は、殺される10人を象徴しているわけだ。

こうした彼女の執筆手法は、つまるところ、自分の仕事の核心部分に真っ先に手をつけて、残りをそれに合わせて処理していくというやり方だ。