「笑点」が長寿番組になった理由
仮名が「ウソ」の世界を創り出したことは、臨機応変に漢字を「訓読み」する言葉遊びの文化も生み出しました。例えば、「無学漢」を「わからずや」と読ませたり、掛け算の九九(=八一)から「二八一」と書いて、「二(に)八一(くく)」(憎く)と読ませたりしました。
「やまとことば」をその意味を拾って漢字化することも行われました。例えば万葉集には、恋を「孤悲」と漢字化した歌があります。恋とはひとり(孤)悲しむことという認識をそこに見出すことが出来ます。ダジャレやギャグの源泉といえましょう。
落語家たちによる言葉遊びの大喜利が人気の「笑点」(日本テレビ系列)が長寿番組となっているのも、そのような日本語の歴史あってのことなのです。
想像の飛躍を得意とする日本語が生み出したものに、直観による認識を大切にする文化があります。直観による認識とは、論理を超えた事物まるごとの認識です。日本の習い事では、弓道、茶道、華道のように説明なしに型から入るものが多くあります。
型は論理による認識ではありません。雰囲気、位、品格を直観によってとらえるものです。直観による認識を言語化したものにオノマトペがありますが、日本語にはそのオノマトペが大変に多いのです。
オノマトペには、ふっくら、すべすべなど物事の状態を表す擬態語、ガチャン、ドカンなどの音を表す擬音語、ブツブツ、ワンワン、ブーブーなど人や動物の発する声を表した擬声語の3つがあるといわれますが、英語のオノマトペには擬音語と擬声語しかありません。
過去と現在と未来が表現の混じりあう
それに対して日本語のオノマトペには擬態語も含めて全てのものがあります。テキパキ、ソワソワ、カンカンといった身体感覚や感情を示すものまであります。そして、英語のオノマトペが1000~1500語と言われるのに対して、日本語では約4500語もあるのです。
日本語では過去や未来といった時制の制約がゆるいことも、大きな想像の飛躍を可能にしています。「分かった人は手を挙げて」「行く人は並んで」というのは、過去と現在と未来がまじりあった表現です。それに対して西欧では、過去と現在と未来とを峻別してきました。
ローマ帝国時代最大の哲学者で、デカルトやカントにも影響を与えたとされるアウグスティヌスは、過去のものの現在は記憶であり、現在のものの現在は直覚であり、未来のものの現在は期待であると峻別していました。
いかにも論理的ですが、そのような峻別からは、時空を超えての想像の飛躍は制約されてしまいます。


