「今年の花」の切ない美しさ
子供というものは、年中行事などにさほどの興味も抱かないし、むしろ面倒だな……くらいに思うものだ。それがどうだろう、齢を重ねればかさねるほど、感慨深くなってくる。積み重ねてきた星霜それぞれの思い出がそこに添えられて、今年もめぐってきた季節の行事を一層、懐かしく、いとおしく感じるのだろう。
ことに体力が衰えてくると猶更だ。「来年のこの行事を迎えるまで、自分は元気でいられるか覚束ない」……人生も半ばを過ぎたであろう年齢になると、顕著な病を抱えていなくともそう思うのだから、まして己の最期がリアルに、ひたひた迫ってきていると感じつつある人にとっては、季節の行事ひとつひとつが「これが最後かもしれない……」と感慨深く、身につまされることだろう。
「花見」は、その最たる年中行事ではあるまいか。
厳しい冬を乗り越えた矢先にようやく咲いた可憐な桜が、瞬く間に儚く散ってしまい、次に逢うことができるのは、また一年先。果たして自分は、もう一度この花を見ることができるのか……。
だから、年齢を重ねると一層、春の花見が身に沁みる。
一代の天下人・豊臣秀吉も、そうだったらしい。
時代劇などでは「稀代の人たらし」として、明るく、人懐っこいイメージがある秀吉だが、晩年はかなりその印象が変わる。
寂しい老人と化した秀吉
跡継ぎと定めた実の甥ばかりかその一家の女子供まで皆殺しにする、美女と聞くや貴賤の別なく召し出し、蹂躙し、己に反目する者は苛酷な死に追いやる――そんな、怪物のような老人になった。挙句の果てには世界征服の妄想にとり憑かれ、海を渡った大戦争を企てる。権力志向が強くなり、猜疑心が深くなり、ともすれば弱い立場の者を苛むようになってしまうのだ。
秀吉を祀った豊国神社には、秀吉所用といわれる枕が遺されているが、そのモティーフは悪夢を喰らう「獏」だ。晩年は睡眠障害に悩まされていた、という。
同じく豊国神社には、秀吉子飼いの武将で賤ケ岳の七本槍のひとり・加藤嘉明が賜ったという、秀吉の上顎左奥の大臼歯が遺されているが、全体に歯石が付着していることから、最後の一本だったのではないかと考えられている。
眠れず、食事もままならず、たびたび失禁もしたらしい。
さまざまな病に悩まされたから人が変わったのか、人が信じられなくなったから病に取り憑かれるようになったのか……どちらが先かは解らないけれど、いずれにしても秀吉は晩年、なんだかとても寂しい老人になった。


