秀吉が執着した「最期の桜」
そんな秀吉が最後に執着した一大イベントが「お花見」だった。
秀吉は死の前年、慶長二(1597)年の春に京都の醍醐寺を訪れた。折しも花の候、桜が見事に咲いていた。この時の印象が、余程強かったのだろう。翌慶長三年二月、ふたたび醍醐寺を訪れた秀吉は、三宝院と庭園の復興や仁王門の修理、「山上やり山」にいくつもの御殿を造るように、といきなり命じるのである。
「いつまでに?」
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